NECが開発・提供する生成AI「cotomi」は、セキュリティと日本語性能を両輪とし、特に行政や医療といった公共性の高い分野で効果的な導入成果を出し始めています。単なる文章生成ツールではなく、組織が持つ固有の知識を安全に活用し、業務プロセス全体を改革するDXの核となることを目指しています。本記事では、NECの生成AI「cotomi」について、具体的な特徴や導入事例、今後の展望などもふまえ解説していきます。

NECがcotomiを開発した背景・課題
NECが生成AI「cotomi」を開発した背景には、日本の企業や行政機関が抱える特有の課題と、既存の汎用的な海外製LLMだけでは対応しきれないニーズへの明確な認識があります。
①日本市場特有の業務効率化と労働力不足への対応
急速な人口減少と高齢化が進む日本において、特に行政機関では公務員定数の削減や職員の高齢化が進む一方、行政サービスの事務量は極端には減少していません。この増大する職員負荷を解消するため、行政職員を代替・サポートするAIが喫緊の課題となっています。
また、多くの日本企業において、会議の議事録作成をはじめ社内マニュアルや法規の検索、定型的な文書作成などに膨大な時間が費やされており、これらの高負荷な間接業務をAIで大幅に自動化・効率化する必要がありました。
②海外製LLMでは不足する日本語の専門性とセキュリティ強化
従来の海外製LLMは英語圏のデータで学習されているため、日本の法務・公共・製造など専門領域で使われる独特な用語や文脈の理解に限界がありました。そこでNECは、日本語に特化した学習と技術革新を進め、世界トップクラスの日本語処理能力を持つLLMの開発に着手しました。また、企業や行政機関が生成AIを導入する際には、機密情報や個人情報の流出防止が最も重要な課題となります。汎用的なクラウドサービスとして提供される海外製LLMではデータガバナンスへの懸念が残るため、NECは強固なセキュリティ環境のもと、組織固有のデータを安全に学習・運用できるクローズドな国産生成AIモデルの開発を決断しました。
③次世代のAIエージェント実現への布石
NECでは、生成AIの活用を単なるチャットや文章生成に留めるのではなく、複雑で非定型な業務プロセス全体を自律的にこなすAIエージェントとしての実用化を見据えていました。その中でcotomiは、独自の技術により超軽量化(例:130億パラメータと従来比約13分の1)を実現しつつ、同等の性能を維持することで運用コストの削減と高速なレスポンスを可能にしました。これは、エージェントが多くのツールやシステムと連携する際に、リアルタイム性を確保するために不可欠な要素と捉えていました。
cotomiの特徴
cotomiは、一般的な汎用LLM(大規模言語モデル)と差別化を図るため、特にビジネスと行政の現場で求められる以下の要素を強化しています。
①圧倒的な日本語性能と軽量化
cotomiは、日本の言語ベンチマークにおいて海外の汎用LLMを上回る高いスコアを達成しています。日本ならではの専門用語だけでなく、慣習や独自の文脈を深く理解し、業務で使える高精度の日本語テキストを生成できます。
また、モデルのパラメータ数を最適化する独自技術により、高い性能を維持しながらも超軽量化を実現しています。これにより、システムの運用コストを低減し、利用時の高速な応答を可能にしています。
②堅牢なセキュリティとデータガバナンス
cotomiは、企業や行政機関の機密情報をはじめ、個人情報が外部のAIプロバイダーに送信されるリスクを排除するため、セキュアな閉域ネットワーク内での運用を可能としています。また、顧客や組織が保有する固有のデータ(社内マニュアル、規定、過去の議事録など)と連携させる技術(RAG)も標準で強化しています。
これにより、一般的な知識だけでなく、組織特有の専門的な質問にも正確に回答でき、回答の信頼性と実用性を高めています。
③エージェント機能と業務自動化への貢献
その他、cotomiではAIエージェント機能が搭載されており、ユーザーからの指示に基づき自律的にタスクを分解・計画し、最適なツールを選択・実行して業務を遂行することができます。単なる文章生成に留まらず、ユーザーの指示に基づき複数の外部ツールやシステムと連携して一連の業務プロセスを自動で実行できるため、的確かつ柔軟な業務対応が可能になります。
エージェント機能は、行政の議会答弁資料作成や会計事務のナレッジ検索など、実際に日本の業務現場が抱える非効率性を解消することに特化しているため、単なるPoC(概念実証)ではなく実務導入を強く意識して設計されています。
NECのcotomiを活用した実証・導入事例
cotomiの優位性が最も明確に表れているのは、組織内の機密性の高い専門データ(マニュアルや規定、過去事例など)を参照して回答を生成するRAG(Retrieval-Augmented Generation)活用した事例です。
事例①北九州市(会計事務の効率化)
課題
福岡県北九州市では、各課の職員が会計事務で疑問が生じた際、分厚いマニュアルを参照するか、会計室へ問い合わせる必要があり、疑問解消に時間がかかるため業務効率の低下を招いていました。
活用内容
NECはcotomiをベースに、市の会計事務に関する規定やマニュアルなどの固有データを学習させた「AI会計室」を構築しました。
効果
各課の職員は、質問を入力するだけで瞬時に正確な回答を得られるようになり、自己解決率が向上しました。会計室職員への問い合わせ対応件数が大幅に減少し、本来の専門的な業務に集中できるようになり、双方の業務効率化が実現しました。
事例②相模原市・盛岡市(自治体業務特化型LLMの構築)
課題
神奈川県相模原市と岩手県盛岡市の行政事務は専門性が高く、かつ職員の異動が頻繁であるため、知識継承が難しいという課題がありました。
活用内容
NECは両市と協定を結び、自治体業務に特化したLLMを構築する実証を進めています。特に議会答弁資料の作成支援や複雑な行政規定の検索など、高度な専門業務への適用を目指しています。
効果
行政職員の業務知識の習得を加速させ、ベテラン職員の知見をAIがサポートすることで、サービス品質の均一化と全庁的な業務改革を推進しています。
事例③医療機関(退院サマリー作成支援)
課題
医師が作成する退院サマリーは、電子カルテの膨大な情報から必要な項目を抽出し、定められた形式に沿って記述する必要があり、医師の大きな負担となっていました。
活用内容
cotomiが電子カルテのデータから記載必須の情報を把握・抽出し、病院の規約に基づいた退院サマリーの初稿を自動で生成する仕組みを開発・検証しています。
効果
医師が文書作成に費やす時間を大幅に短縮し、本来の診療業務に集中できる環境を提供することで、医療従事者の負担軽減と労働環境の改善に貢献しています。
NECのcotomiにおける今後の展望
NECの生成AI「cotomi」の今後の展望は、単なる情報処理から、業務プロセス全体を自律的に実行するAIへと進化することが見込まれています。
①AIエージェント機能の深化と業務の自律化
cotomiの今後の進化で最も戦略的なことは、AIエージェントとしての機能の深化です。
現在のcotomiのAIエージェント機能では、的確かつ柔軟な業務対応が可能で、AIの役割を人間へのアシスタントから自律的に業務を遂行するパートナーへとシフトさせることができます。複数のAIが協働することで、企業全体のオペレーションやビジネスモデル自体を変革することを目指しています。
複雑な非定型業務の完全自動化
今後は、単一のタスクの効率化に留まらず、複数の手順やツール連携が必要な複雑な非定型業務を、cotomiが自律的に判断し、実行できるようになります。例えば、「今週の顧客フィードバックを分析し、対応策を提案書にまとめて関連部署に共有して」のようなユーザーからの抽象的な指示に対しても、cotomiは自らタスクを分解し、CRMシステムへのデータ照会、分析、文書の作成、社内システムを通じた共有といった一連のプロセスを自動で完結させます。
また、既存のRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)やERP(統合基幹業務システム)、SaaSなどエンタープライズ環境で利用される多様なシステムとの連携をさらに強化し、業務の「ハブ」としての役割を果たすことで、企業のデジタルアセットを最大限に活用することが可能です。
意思決定の高度支援
将来的に行政の政策立案支援(EBPM)や企業の高度なリスク分析、サプライチェーンの最適化など、専門家や経営層が行う意思決定プロセスをAIが支援し、複雑なデータ分析に基づく最適な選択肢を提示する役割を担うことが期待されています。これにより、経営判断の迅速化と精度の向上が図られます。
②社会・産業インフラへの統合と公共領域への展開
NECが日本の社会インフラ技術に強みを持つことから、cotomiはその技術基盤に組み込まれ、公共性の高い領域での活用の拡大が期待されています。
地方自治体DXの全国展開
現在、一部の自治体で進められている実証実験の成果をもとに、自治体業務に特化した知見を標準機能としてパッケージ化し、全国の自治体への導入を加速させます。従来の問い合わせ対応だけでなく、市民の複雑な手続きや申請をAIがサポートするデジタルコンシェルジュサービスが実現すれば、住民サービスの利便性が飛躍的に向上します。
また、リアルタイムの気象データや交通情報をcotomiが分析し、災害時の被害予測、避難経路の最適化、リソース配分の提案など、迅速な危機管理対応を支援する機能が社会インフラに組み込まれることも期待されています。
業特化型AIソリューションの深化
金融や製造、通信といったNECの主要顧客産業ごとに、業界特有の複雑なルールや専門用語に対応した産業特化型LLMソリューションの開発が進められています。これにより、医療分野での臨床データ分析や製造業での品質管理・故障予測など、高度な専門性を要する課題解決に貢献します。
③技術基盤の進化と倫理的AIの追求
AI技術が急速に進化すれば、技術基盤も発展できる一方でセキュリティ面でのリスクも増大します。その上で、倫理的AIの確立が社会実装時には重要となります。
マルチモーダル機能の実装
現在は主にテキストベースですが、今後は画像、音声、動画など、多様なデータを理解し、生成できるマルチモーダル機能が実装されます。現場のカメラ映像(画像・動画)から状況を即座に認識し、音声でリアルタイムの指示を出し、その結果をテキストで報告書にまとめるなど、より現実世界に近い形での業務支援が可能になります。
倫理的AIとセキュリティの進化
生成AIの普及に伴うリスクに対応するため、AI倫理とセキュリティへの取り組みを継続します。AIの判断根拠を明確に提示する仕組み(RAGの出典明示など)を高度化し、特に公共性の高い領域での利用において、AIの判断プロセスに対する社会の信頼を維持します。厳格なセキュリティ要件を持つ企業向けに、より強固なゼロトラストモデルに基づいた運用環境を整備し、機密データ保護を徹底します。これらの展望を通じて、NECのcotomiは、日本のデジタル変革を牽引する不可欠な戦略的AI基盤として、その価値と役割を拡大していきます。
まとめ
NECの「cotomi」は、単なる技術トレンドに乗じた生成AIではなく、日本の社会課題とビジネスニーズに深くコミットした戦略的な国産LLMです。
その圧倒的な日本語性能、堅牢なセキュリティ、そして業務プロセスに食い込むエージェント機能は、地方自治体の業務改革から企業のイノベーション加速まで、多岐にわたる分野で具体的な成果を上げ始めています。
cotomiは、今後、日本のデジタルトランスフォーメーションを牽引し、持続可能で活力ある社会の実現に不可欠な新しい知のインフラとして、その価値を拡大していくでしょう。


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