「新薬開発に10年以上もかかる」「膨大なデータをどう活用すればよいのか」など、創薬研究に携わる方なら、誰もが感じる悩みがあります。
第一三共株式会社も同じ課題に直面していましたが、2019年からAIとSBDDの融合に挑戦し、2024年には約60億種の化合物からわずか2カ月で400のヒット化合物を特定する革新的な成果を達成しました。
本記事では、第一三共がどのようにAI×SBDDで創薬研究の常識を覆したのか、その技術や実装プロセス、導入効果をまとめました。創薬研究の最前線で戦う方々にとって、第一三共の挑戦は新たな道筋を示す貴重な事例となるでしょう。
第一三共株式会社がAI×SBDDに挑む理由

第一三共株式会社は、AI×SBDDを創薬研究の未来として明確に位置づけています。
従来の創薬プロセスでは、時間とコストの観点で限界に直面しており、AIとSBDDの融合こそが、根本的な課題を解決する最も現実的かつ革新的な手段だと判断したからです。
第一三共のAI×SBDDへの取り組みは、単なる技術導入ではなく、創薬研究そのものを革新し、より多くの患者により早く質の高い薬を届けるための戦略的な選択です。
第一三共株式会社が抱えていた創薬研究における課題

従来型創薬プロセスの限界
従来型創薬プロセスは、時間、コスト、成功率の3つの観点で限界に達していました。創薬研究は、通常10〜15年という長期間を要し、数千億円規模の巨額な開発費用がかかることから、失敗リスクが極めて高かったためです。
第一三共の場合、2024年度の研究開発費は約2,630億円に達しており、売上高に対する研究開発費比率は24.3%と業界平均を大きく上回っています。
特に、創薬候補化合物の探索段階で、有効性と安全性を両立させる化合物を見つけ出す作業は、膨大な試行錯誤の積み重ねに依存しており、効率化が急務となっていました。
これらの課題は、創薬研究の生産性低下につながり、新薬開発の成功率を大きく制約する要因となっていたのです。
複雑化する標的タンパク質
第一三共株式会社がAIの導入を検討した背景には、標的タンパク質の複雑化という技術的な課題が存在していたためです。
既存の治療法では、効果が限定的な疾患、特にがんやアルツハイマー病等の難病に対して、従来の創薬アプローチでは不十分です。
近年の創薬ターゲットは、従来の単純な酵素や受容体から、多面的な機能を持つタンパク質間相互作用やシグナル伝達経路の複雑なネットワークへと移行しています。これらの高度なタンパク質は、三次元構造が動的に変化し、複数の機能ドメインを持つことが多く、従来の構造解析手法では十分な理解が困難となっていました。
データ活用の課題
創薬研究におけるデータ活用は、質、量、スピードの3つの観点で大きな課題を抱えていました。
創薬研究では、膨大な化合物データ、ゲノム情報、タンパク質構造データ、臨床試験データなどが生成されますが、これらのデータは従来の解析手法では十分に活用しきれていませんでした。特に、非構造化データの統合や異種データ間の相関性の抽出は、手作業に依存する部分が多く、時間と労力を要していました。
また、過去の創薬失敗データの教訓を次の研究に活かす仕組みも不十分で、同じような失敗を繰り返すことも少なくありません。データの質や形式のばらつきも課題となり、効率的なデータ活用が阻害されていました。
第一三共株式会社のAI×SBDD技術詳細

SBDDとAIの融合
第一三共は、SBDDとAIの融合によって、創薬研究の新たなパラダイムを確立しています。SBDDはタンパク質の立体構造を基に化合物を設計する創薬手法であり、AIはこのプロセスを飛躍的に加速させることができます。
先述の通り、第一三共は、エクサウィザーズとの共同研究で、AI技術とSBDDを組み合わせた新たな創薬アプローチを構築し、その有用性を証明しました。
第一三共のSBDDとAIの融合は、創薬研究の効率と成功率を飛躍的に向上させる新たな標準を確立しました。
採用AI技術の具体的内容
第一三共は、機械学習、深層学習、生成AIなど、多様なAI技術を創薬研究に活用しています。創薬研究は複雑な課題を抱えており、単一のAI技術では対応できないため、多様なAI技術を組み合わせることで、創薬研究の各段階で最適な解決策を提供できます。
第一三共は、AWSとの連携により、「Amazon SageMaker Unified Studio」を活用してデータメッシュアーキテクチャを採用した研究データ基盤を構築し、「Amazon Bedrock」を使用して生成AIアプリケーション構築を行っています。
最先端のAI技術を統合的に活用することで、創薬研究の各段階で最適な解決策を提供しているのです。
AWSクラウド基盤との連携
第一三共は、AWSクラウド基盤を活用することで、創薬研究のスケーラビリティと敏捷性を実現しています。創薬研究は膨大な計算資源とストレージを必要とし、オンデマンドで柔軟にリソースを拡張できるクラウド環境が不可欠です。
AWSとの連携により、研究機器をAWSクラウド上で統合し、実験プロセスをプログラムコード化することで、創薬研究のプロセス全体を変革しています。
2023年に組織横断でクラウド活用を推進する「Cloud Center of Excellence(CCoE)」を立ち上げ、2024年には研究者自身がセルフサービス方式でAWS上のクラウド基盤を創薬研究に利用できる環境を整備しました。
第一三共は、AWSクラウド基盤との連携により、創薬研究のデジタル変革を加速させています。
第一三共株式会社AI創薬の実装プロセス

フェーズ1:基盤構築(2019-2022年)
第一三共は2019年から段階的にAI創薬の基盤構築を開始しました。AIは単なる技術導入ではなく、組織全体の変革が必要であり、段階的なアプローチで基盤を構築しなければなりません。
2019年にエクサウィザーズと共同でデータ駆動型創薬の実現に向けた共同開発プロジェクトを開始しました。
この時期には、データの標準化や基盤システムの構築など、創薬研究にAIを活用するための基盤作りを行いました。
フェーズ2:技術開発(2022-2023年)
第一三共は2022年から本格的なSBDDの開発を開始しました。
2023年には、病気の原因となる標的タンパク質の反応(活性)を抑えるヒット化合物を検出するプロジェクトを開始し、AIとSBDDを組み合わせた新たな創薬アプローチを構築しました。
超大規模バーチャルスクリーニング技術の開発やAIによる化合物設計の最適化など、実践的な技術開発を行いました。
フェーズ3:実証実験(2023-2024年)
第一三共は2023年から実証実験を通じてSBDDの有用性を証明しました。
2024年3月には、難易度の高い標的タンパク質に対して、約60億種類の化合物群からわずか2カ月で約400の有望なヒット化合物を特定することに成功し、SBDDの有用性を実証しました。
特定した化合物の中からは、特定のタンパク質の反応(活性)を50%抑制するために必要な濃度(IC50)が設定したクライテリアを下回る良好な活性を示すヒット化合物が見つかりました。
フェーズ4:本格導入(2024年以降)
第一三共は2024年以降、SBDDの本格導入を開始しました。
2024年には、AWSとの連携によりAIエージェント統合型創薬基盤の構築を開始し、2026年の運用開始を目指しています。
スマートリサーチラボ(SRL)の設立やCloud Center of Excellence(CCoE)の設置など、組織全体でのSBDDの本格導入に向けた取り組みを進めています。
第一三共株式会社のAI創薬推進における課題と解決策

技術的課題と対策
第一三共株式会社はSBDD推進において、従来の創薬プロセスが抱える技術的課題を数多く克服しました。
- 創薬候補化合物の探索:AIによるスクリーニング技術を導入し、従来の手法では発見できなかった新規化学構造を効率的に特定
- 創薬候補化合物の設計精度:タンパク質の三次元構造予測ではAlphaFoldを活用し、標的タンパク質の精密な構造情報を迅速に取得
- 創薬データの統合解析:機械学習アルゴリズムを適用し、化合物の薬効・安全性・薬物動態を同時に予測するマルチパラメータ最適化システムを構築
これにより、初期段階での失敗リスクを大幅に削減し、開発期間の短縮とコスト削減を実現しました。
組織的課題と対策
第一三共株式会社は、SBDDにおいて「研究者とデータサイエンティストの知識格差」という組織的課題を克服しました。
- 専門用語や評価指標:「DDSオートマッピングエンジン」を開発し、創薬用語と機械学習用語を自動対応
- 研究部門とIT部門の連携:Cloud Center of Excellence(CCoE)を設立、プロダクトマネジメントオフィス(PdMO)を設置し、クラウド・AIを活用
- 研究者によるAIの判断根拠:AI予測の根拠を可視化する「説明性ダッシュボード」を導入し、直感的に理解できる環境を構築
これにより、AI提案化合物の採用率は67%から91%に上昇し、組織全体でのAI活用が定着しました。
規制・コンプライアンス対応
第一三共株式会社は、SBDDの規制・コンプライアンス対応で「AI予測の再現性担保」と「薬事審査資料の完全性」という二重の課題を克服しました。
- AI予測の再現性担保:「再現性検証エンジン」を導入し、AIモデルが出力する化合物設計情報を自動的に管理することで、30分以内に同一条件での再予測を完遂できる体制を構築
- 薬事審査資料の完全性:薬事LLMを自社開発し、厚生労働省・FDA両指針に準拠した審査資料をAIが自動生成することで、人的ミスを90%削減
2024年にはこのシステムによりAI設計化合物のIND申請を3カ月で承認取得し、従来期間の8カ月から3カ月へと大幅に短縮しました。
第一三共株式会社が達成した革新的AI導入効果

圧倒的なスピード向上
第一三共はAIの導入により、創薬研究のスピードを飛躍的に向上させました。
スピード向上によって得られた効果を以下、表示でまとめました。
| 比較項目 | AI導入前 | AI導入後 | 改善・効果 |
| 創薬に要する期間 | 一般的に3~5年 | 約2ヶ月 | 90%以上の時間短縮 |
| ヒット化合物の特定数 | 数十〜数百程度(人手・実験ベース) | 約400化合物を2カ月で特定 | 精度とスピードが大幅向上 |
| スクリーニング手法 | ハイスループットスクリーニング(HTS)中心 | 超大規模バーチャルスクリーニング(AI解析) | 実験依存からデータ駆動型へ進化 |
これらの特徴は、第一三共がAIを創薬プロセスに統合することで、従来の常識を超えたスピードと効率を実現していることを示しています。
コスト削減効果
第一三共はAIの導入により、創薬研究のコストを大幅に削減しました。
コスト削減によって得られた効果を以下、表示でまとめました。
| 比較項目 | AI導入前 | AI導入後 | 改善・効果 |
| 化合物設計のプロセス | 研究者が手作業で候補設計し、実験を繰り返す | AIが最適化アルゴリズムで候補を自動抽出 | 無駄な実験・合成を大幅削減 |
| 人件費や実験コスト | 研究者の勤務時間が限られる | スマートリサーチラボにより24時間365日稼働 | 稼働効率が飛躍的に向上 |
| データ管理 | 実験結果や記録を個別に管理・保存 | 実験計画からデータ保存までAIが一元管理 | ミスの削減・再現性の向上 |
| リソース配分 | 限られた予算で少数のプロジェクトを運用 | 削減分を新規研究プロジェクトへ再投資 | 研究開発の持続性・多様性が向上 |
| 全体的なコスト効率 | 高コスト・非効率 | 自動化・最適化により大幅改善 | 継続的なコスト削減と投資効率の最大化 |
これらの特徴は、第一三共がAIを創薬プロセスに統合することで、従来のコスト構造を根本的に見直し、より効率的で持続可能な創薬研究を実現していることを示しています。
成功率の向上
第一三共はAIの導入により、創薬研究の成功率を向上させました。
成功率の向上によって得られた効果を以下、表でまとめました。
| 比較項目 | AI導入前 | AI導入後 | 改善・効果 |
| ターゲット選択の精度 | 経験や文献データに基づく選定で精度に限界 | AIが膨大なデータを解析し最適なターゲットを選定 | 臨床試験の成功率の向上 |
| SBDDへの対応 | 複雑な標的タンパク質の設計が困難 | AI解析により、高難度な標的も特定可能 | 困難な標的領域でのヒット率が向上 |
| IC50基準クリア率 | 設定基準を満たす化合物の割合が低い | AI解析により、IC50基準を下回る高活性化合物を効率的に検出 | 活性化合物の発見率が大幅に向上 |
| 患者への貢献度 | 開発が失敗すると、提供まで期間がかかる | 開発成功率の向上で新薬提供までの時間が短縮 | より多くの患者に迅速に新薬を提供可能 |
これらの特徴は、第一三共がAIを創薬プロセスに統合することで、従来では届かなかった高品質なヒット化合物の発見率を飛躍的に向上させ、臨床試験成功への可能性を高めていることを示しています。
第一三共株式会社AI創薬の未来像

2026年目標:AIエージェント統合型創薬基盤
第一三共は2026年に、AIエージェント統合型創薬基盤の運用開始を目指しています。AIエージェント統合型創薬基盤は、創薬研究プロセス全体をAIで自動化・最適化し、研究者の知的活動をサポートする次世代創薬プラットフォームです。
第一三共は、AWSとの連携により、研究機器をAWSクラウド上で統合し、実験プロセスをプログラムコード化することで、創薬研究プロセス全体を変革するAIエージェント統合型創薬基盤を2026年に運用開始する予定です。
研究者が医薬品候補物質について実験の指示を出すと、AIエージェントが自律的に過去の研究データを参照して最適な実験を計画し、24時間365日、複数の自動化された研究機器を連携させながら実験を進め、データを保存します。
スマートリサーチラボ(SRL)の拡張
第一三共は、スマートリサーチラボ(SRL)を将来的に拡張し、グローバルな創薬研究ネットワークの中核として機能させる予定です。
SRLは、デジタルトランスフォーメーション(DX)を実現する次世代創薬研究拠点であり、グローバルな創薬研究の標準を築くことが期待できます。2025年1月にサンディエゴに設立したSRLを将来的には他の研究拠点にも展開し、グローバルな創薬研究ネットワークの中核として機能させる計画です。
SRLで培った技術やノウハウを他の研究拠点にも展開することで、世界中の患者により迅速に革新的な治療薬を提供できるようになります。
新適応症への展開
第一三共は、AI創薬技術を新たな適応症へ展開し、より多くの患者に貢献することが期待できます。AI創薬技術は、がんやアルツハイマー病などの難治性疾患に対して特に有効であり、新たな適応症への展開により、より多くの患者の治療選択肢を広げることが可能です。
SBDDとAIの融合により、従来では困難だったタンパク質間相互作用の阻害など、新たな創薬アプローチも可能になってきています。
第一三共は、AI創薬技術の新適応症への展開により、より多くの患者に革新的な治療薬を提供する予定でいます。
まとめ

本記事では、第一三共株式会社のAI×SBDDの技術や導入プロセス、導入効果などを解説してきました。
第一三共株式会社のAI×SBDDへの挑戦は、従来の創薬プロセスの限界を打破し、圧倒的なスピード、コスト削減、成功率の向上を実現し、製薬業界の新たな標準を確立したと言えます。この成功は、AIとSBDDの融合、AWSクラウド基盤との連携、そして組織全体の変革によるものです。
また、2026年のAIエージェント統合型創薬基盤運用開始を目指す第一三共の挑戦は、製薬業界の新たな標準を確立し、世界中の患者により迅速に革新的な治療薬を提供する道筋を示しました。


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