武田薬品工業株式会社は、2025年8月に「AIを活用した医薬品の需要予測モデル」の構築と運用開始を発表しました。AIを活用することにより、安定供給の強化はもちろんのこと、医薬品廃棄の削減やキャッシュフロー改善なども期待できます。
本記事では、武田薬品工業株式会社がAIを活用した理由や活用事例について紹介します。また、需要予測モデル構築までのステップやAI活用によるメリット、武田薬品工業株式会社の今後の課題や展望についても解説しますので、ぜひ最後までご覧ください。
武田薬品工業株式会社がAIを活用した理由

武田薬品工業株式会社がAIを活用した理由は、以下の2点です。
- 医薬品廃棄が問題になっているため
- 需要予測の主観的バイアスをおさえるため
それぞれ、詳しく解説します。
医薬品廃棄が問題になっているため
製薬業界では、医薬品廃棄が問題になっています。高額で有効期限が短いバイオ医薬品が増加していることもあり、期限切れで廃棄せざるを得ない状況が生まれているのです。従来の低分子医薬品のように在庫を積んでおき、必要に応じて補充する受動的な配送・在庫モデルでは、状況を改善できないという問題があります。
全国医学部長病院長会議が2025年に行った調査によると、薬価10万円以上の高額医薬品の廃棄金額は、1大学病院あたり424万円です。そのうち使用期限切れによる廃棄は、約3割を占めます。廃棄を防止するための院内在庫管理に発生するコストもあることから、柔軟な供給体制を求める医療機関の声は大きくなっています。
需要予測の主観的バイアスをおさえるため
武田薬品工業株式会社では、過去のトレンドや実績に基づく統計をもとに、複数の担当者が計算して需要予測を立てていました。後発医薬品や競合品の参入、適応拡大などの市場が大きく変動するイベントには、担当者の経験や知見で補って予測を反映してきました。
しかし、上記の方法は計画担当者の主観的バイアスが入りやすいと言えます。そのため、実際よりやや大きめの予測になる場合が多く、在庫を抱える傾向にありました。主観的バイアスをおさえる期待をこめて、武田薬品工業株式会社はAIの活用に踏み切っています。
武田薬品工業株式会社のAI活用事例

武田薬品工業株式会社がAIを活用した事例は、以下の2点です。
- 需要予測モデルに基づく生産計画の運用
- 医薬品在庫の可視化
それぞれ、詳しく解説します。
需要予測モデルに基づく生産計画の運用
需要予測モデルとは、過去のデータや市場情報などを分析して、将来の需要を定量的に予測する体系的な手法です。武田薬品工業株式会社の従来の需要予測モデルは、過去の実績に基づく統計と担当者の知見を組み合わせたものでした。

引用:日経クロステック
一方、AIを活用した需要予測モデルは、出荷実績や市場在庫、市場動向、薬価といった情報をAIに学習させて構築しました。膨大なデータの複雑な傾向や相関関係を捉えられ、より高精度な予測が可能です。AIによる予測データに基づき、人の経験や知見も踏まえて判断することにより、急激な需要変動にも迅速に対応できると考えられています。
医薬品在庫の可視化
武田薬品工業株式会社では、物流・在庫のリアルタイムでの可視化も行っています。2020年からIoTを活用した温度・位置情報の取得を開始し、2025年からは希少疾患などの一部の製品について、医薬品卸の各物流拠点にある在庫の見える化も実施しています。
他にも、配送遅延や温度逸脱などのイベントを検知するモニタリングシステムや、卸が必要とするロット情報を常に確認できる体制も構築するなど、取り組んでいる内容はさまざまです。
需要予測モデル構築までのステップ

需要予測モデルを構築するまでのステップは4段階に分けられ、以下の通りです。
- データ準備
データ準備では、出荷実績や在庫情報、季節要因、各種イベントなどのデータを活用します。欠員補完や異常値処理、特徴量設計などを行い、AIが使いやすい形にデザインします。
- 機械学習
入力されたデータをもとに、AIがパターンや因果関係を学習します。人間では見抜けない複雑な変動要因も、自動で吸収します。
- アルゴリズム選定
数百のモデルを試し、最適なモデルを使い分けします。製品特性やデータ量に応じて、予測ロジックを選択します。
- モデル評価、チューニング
モデル評価を行い、予測誤差や精度資料をもとに改善します。また、本番投入前に現場の感覚と突き合わせて、妥当性の検証を行います。
AI活用によるメリット

AIが過去の膨大なデータから需要予測を正確に予測することで、医薬品の供給過多による廃棄リスクや、在庫リスクの削減が期待できます。特に、高額な医薬品の廃棄負担軽減は、大きなメリットです。
武田薬品工業株式会社では、現在、出荷数量の多い需要安定品を中心に、7割程度(100製品弱)がAIによる自動予測のみで対応しています。複数人で1週間程度かかっていた作業が、30分程度で終わるようになったそうです。効率化で生まれた人員の余力は、学習データが少ない新製品や、希少製品の予測に集中させています。
武田薬品工業株式会社の今後の課題

武田薬品工業株式会社の今後の課題は、以下の表の通りです。
| 今後の課題 | 具体的な内容 |
| データ連携と共有 | ・異なる組織間や企業間で、データを連携させたり共有させたりすることが重要。・武田薬品工業株式会社は、データを外部に出さずに共有する「連合学習」という技術の活用を模索している。 |
| 専門人材の確保・育成 | ・AI技術について理解し、専門分野に応用できるエンジニアやデータサイエンティストの確保・育成が大切。 |
| AIに対する信頼構築 | ・AIが判断する根拠や、正しい情報を届けるための「AI活用における信頼」を構築していくのがポイント。 |
| AI技術の進化への追随 | ・AI技術の進化は速いため、進化にいかに迅速かつ適切に取り入れるかが、常に課題となる。 |
上記は、武田薬品工業株式会社だけではなく、製薬業界全体に当てはまる課題とも言えます。
武田薬品工業株式会社の今後の展望

武田薬品工業株式会社では、川上から川下までの見える化を通じて、「供給をエンド・トゥ・エンドでマネジメント」できる世界の実現を目指しています。しかし、製薬業界のビジネスモデル上、武田薬品工業株式会社のみでの実現は、現実的ではありません。将来的には、他の製薬企業を巻き込んでデータ連携を図っていくことも、視野に入れています。
また、統合基幹業務システム内の計画ツールのDXにも取り組む予定です。DXによる省力化や効率化を通じ、AIによる需要予測を最大限に活かす生産計画を目指します。AIによる需要予測モデルと計画ツールがシンクロできれば、急な需要変動調整にもすぐ対応できるようになるでしょう。
まとめ

武田薬品工業株式会社は、2025年8月に「AIを活用した医薬品の需要予測モデル」の構築と運用開始を発表しました。AIの導入を決めた理由は、医薬品廃棄を削減するためと、需要予測の主観的バイアスをおさえるためです。
AIを活用した医薬品の需要予測モデルによって、医薬品廃棄の削減や主観的バイアスをおさえるだけではなく、業務効率の大幅な向上にもつながっています。今まで需要予測を担当していた人材は、学習データが少ない新製品や希少製品の予測といったAIでは予測が難しい業務を行っています。
今後の展望は、川上から川下までの見える化を通じて、「供給をエンド・トゥ・エンドでマネジメント」できる世界の実現です。将来的には、他の製薬企業を巻き込んでデータ連携を図っていくことも、視野に入れています。


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