人手不足、高齢化、時間外労働の上限規制が適用された「2024年問題」。
日本の基幹産業である建設業界は今、深刻で構造的な課題に直面しています。従来型の労働集約的なモデルが限界を迎えつつある中、その突破口として熱い視線が注がれているのが、AI(人工知能)、特に「ジェネレーティブAI(生成AI)」の活用です。
この記事では、AIが建設業界の”救世主”となり得るのか、その可能性を深掘りします。具体的な事例として、株式会社大林組が開発した先進的なファサード自動設計システム「AICORB(アイコルブ)」を取り上げ、AIが設計プロセス、生産性、そして建築士の働き方をどのように変革するのかを、分かりやすく解説します。
深刻化する建設業界の課題とDXの必要性
建設業界は、長年にわたる課題が複合的に絡み合い、大きな変革を迫られています。
なぜ今、これほどまでにDX(デジタルトランスフォーメーション)、とりわけAIの活用が叫ばれているのでしょうか。まずは、業界が直面する3つの大きな課題を具体的に見ていきましょう。
待ったなしの「2024年問題」と労働力不足
2024年4月から建設業にも適用された「時間外労働の上限規制」は、業界の働き方に大きな影響を与えています。
この「2024年問題」は、労働環境の改善というポジティブな側面を持つ一方で、限られた時間内でこれまでと同等、あるいはそれ以上の成果を出すという高いハードルを課しています。
ただでさえ深刻な人手不足と就業者の高齢化が進む中、労働時間の制約は、工期の遅延や労務コストの高騰に直結しかねません。従来の長時間労働に依存した工期設定や現場管理は、もはや通用しないのです。生産性そのものを飛躍的に向上させる抜本的な対策が急務となっています。
技術継承の断絶と熟練者への業務集中
建設現場では、図面だけでは表現しきれない「匠の技」や、長年の経験に裏打ちされた「暗黙知」が品質を支えてきました。しかし、若手入職者の減少とベテラン層の大量退職時代を迎え、この貴重な技術・ノウハウの継承が危機的な状況にあります。結果として、特定の熟練技術者に業務が集中し、過度な負担がかかる「属人化」が進行。その人がいなければ仕事が進まないという状況は、組織として極めて脆弱です。この負の連鎖を断ち切り、誰もが一定レベルの品質を担保できる仕組み作りが求められています。
複雑化する建築デザインと品質要求の高まり
現代の建築物は、単に雨風をしのぐ箱ではありません。斬新なデザイン性、省エネルギー性能(ZEBなど)、BCP(事業継続計画)への対応、そして持続可能性への配慮など、施主や社会から要求される水準は年々高度化・複雑化しています。これらの要求に応えるためには、設計段階で膨大な情報を整理し、無数の選択肢の中から最適な答えを導き出す必要があります。BIMの普及も相まって、扱うべきデータ量は爆発的に増加。人間の能力だけでは、時間的にも品質的にも限界が見え始めています。
建設業界の救世主「ジェネレーティブAI」とは何か?
前述したような複雑で困難な課題を解決する鍵として、今「ジェネレーティブAI(生成AI)」が大きな期待を集めています。これは、単にデータを分析・予測するだけでなく、全く新しいアイデアやコンテンツを「生成」することに特化したAIです。建設業界において、それは設計者の新たな”相棒”となり得るポテンシャルを秘めています。
設計・施工プロセスを革新するAI技術
建設プロジェクトにおけるAIの活用範囲は、設計だけにとどまりません。
例えば、ドローンで撮影した現場写真からAIが工事の進捗を自動で判定したり、施工計画の最適ルートを算出したり、過去の労災データを学習して危険箇所を予測したりと、施工から維持管理まで、あらゆるフェーズでの応用が研究・実用化されています。AIは、プロジェクト全体を俯瞰し、生産性と安全性を最大化する力を持っているのです。
ジェネレーティブAIが可能にする「新たな設計手法」
ジェネレーティブAIが特にその真価を発揮するのが、建築設計の初期段階です。
建築士が「コストは〇〇円以下」「この法規制を遵守」「断熱性能は最高レベルに」といった様々な”制約条件”と”目標”をAIに与えます。するとAIは、これらの条件を満たす無数のデザインパターンを、人間では思いもよらないような斬新な形状も含めて、自動で生成・提案してくれるのです。これは、もはや単なる「自動化」ではなく、「創造性の拡張」と呼ぶべき革新的な設計手法です。
【先進事例】大林組のAIファサード自動設計「AICORB」
ジェネレーティブAIの活用は、もはや絵空事ではありません。国内のスーパーゼネコンである株式会社大林組は、AIを活用したファサード(建物の外観・デザイン)自動設計システム「AICORB(アイコルブ)」を開発し、すでに実プロジェクトで成果を上げています。

わずか30分で1,000パターンのデザインを生成
「AICORB」の最も驚くべき点は、その圧倒的なスピードと提案数です。
従来、熟練した設計者が数週間から1ヶ月以上かけて数パターンのファサードデザインを作成していたのに対し、「AICORB」は、必要な条件を入力すれば、わずか30分程度で1,000パターンもの多様なデザイン案を生成します。これは、設計における生産性の次元を根底から覆す、まさに革命的な進化です。
設計品質の向上と迅速な合意形成を両立
「AICORB」の価値は、速さだけではありません。生成された1,000のデザイン案は、それぞれ「デザイン性」「コスト」「室内からの眺望」「断熱性」「採光性」といった複数の評価軸で瞬時にスコア化・可視化されます。これにより、例えば「デザインは少し譲っても、コストと断熱性を最優先したい」といった施主の要望に対し、データに基づいた最適な案をその場で提示できます。感覚的な議論に陥りがちだったデザインの検討プロセスが、客観的なデータに基づく対話へと変わり、関係者間の迅速な合意形成を強力にサポートします。
従来設計とAI設計の比較
AIの導入で、設計プロセスはどのように変わるのでしょうか。以下の表は、その変化を端的に示しています。設計者の役割が、手を動かして「描く」作業から、AIが生成した無数の選択肢を評価し、最適なものを「選ぶ・決断する」という、より高度で戦略的なものへとシフトしていることが分かります。
| 比較項目 | 従来の設計プロセス | AI(AICORB)を活用した設計プロセス |
| デザイン案の数 | 数パターン(設計者の経験に基づく) | 数百~1,000パターン以上 |
| 所要時間 | 数週間~1ヶ月以上 | 約30分 |
| 評価方法 | 個別にシミュレーションが必要 | 複数の評価軸でリアルタイムに比較・可視化 |
| 合意形成 | 手戻りが多く、時間がかかる | 客観的なデータに基づき、迅速かつ円滑に進む |
| 設計者の役割 | パターンを「描く」作業が中心 | AIが生成した案を「評価・選択」し、創造性を発揮 |
AI導入が建設業界にもたらす多角的なメリット
「AICORB」の事例は、AIが単なる効率化ツールではないことを示しています。
生産性向上とコスト削減の効果
設計の初期段階にかかる時間が劇的に短縮されることは、プロジェクト全体の工期短縮、ひいてはコスト削減に直結します。さらに重要なのは、設計の初期段階で多様なシミュレーションを行うことで、後工程での大規模な手戻りや仕様変更といったリスクを未然に防げる点です。いわゆる「フロントローディング」を高いレベルで実現し、プロジェクト全体の成功確率を高めます。
若手技術者の育成と技術継承
AIは、優れた教育ツールにもなり得ます。AIが生成する多様なデザイン案は、熟練設計者の持つノウハウや思考プロセスの一部を可視化した「生きた教科書」です。若手技術者は、AIの提案に数多く触れることで、短期間で設計の引き出しを増やすことができます。「見て覚えろ」という旧来の徒弟制度的な育成から脱却し、データに基づいた体系的な技術継承を可能にするのです。
創造性の最大化と建築の新たな可能性
AIが膨大なパターンの生成やシミュレーションといった定型業務を肩代わりしてくれることで、人間の建築士は、より付加価値の高い、創造的な仕事に集中できます。例えば、施主との対話を深めて潜在的なニーズを掘り起こしたり、その土地の歴史や文脈を読み解いて設計コンセプトを練り上げたりといった、人間にしかできない本質的な業務に、より多くの時間を割けるようになります。
「AI vs. 人間」という対立構造ではなく、「AI with 人間」という協働関係が、建築の新たな可能性を切り拓きます。
AIと人間が協働する建設業界の未来展望
AI技術は日進月歩で進化しており、その応用範囲は今後さらに拡大していくでしょう。AIは人間の仕事を奪うのではなく、能力を拡張する強力なパートナーとして、建設業界の未来を支えていくことになります。

ファサード設計からBIM連携、そして街づくりへ
現在、AIによる自動設計の対象はファサードなどが中心ですが、今後はBIMとの連携を深め、構造、設備、内装まで含めた建物全体の設計を最適化する方向へ進化していくでしょう。さらにその先には、一棟の建物だけでなく、複数の建物のエネルギー効率や人の流れなどをシミュレーションし、街全体のデザインを最適化するような、より大きなスケールでの活用も期待されます。
(ファサード設計:建物の正面から見た外観のデザインを考えること)
(BIM連携:建物の3Dモデルに詰まったあらゆる情報(材料、寸法、コストなど)を、設計、構造計算、積算など、建築の様々な工程で使う他のソフトと自動でやり取りすること
AI時代に求められる建築士の新たな役割
AIが普及した未来において、建築士の役割は大きく変わります。単に図面を描くスキル以上に、AIに対して「的確な問いを立てる能力」、AIが出した多様な提案を「批判的に吟味し、評価する能力」、そして最終的なアウトプットに対して「責任を持って意思決定する能力」が求められるようになります。AIを巧みに使いこなし、その能力を最大限に引き出す、いわば「AIマスター」としての資質が重要になるのです。
AIは建設業界を持続可能にするための必須ツール
本記事では、建設業界が直面する「2024年問題」や「技術継承」といった深刻な課題に対し、ジェネレーティブAIがいかに有効な解決策となり得るかを、大林組の「AICORB」を例に解説してきました。AIによる設計自動化は、単なる業務効率化に留まりません。それは、生産性を飛躍的に高め、若手育成を促進し、そして何よりも人間の創造性を解放する可能性を秘めています。変化への対応は容易ではありませんが、AIという強力なパートナーを得ることで、建設業界は現在の危機を乗り越え、より創造的で、生産性の高い、持続可能な産業へと生まれ変わることができるはずです。AIの導入は、もはや選択肢の一つではなく、未来を切り拓くための「必須ツール」と言えるでしょう。



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