【小売業のAI導入】3,000万マイルを削減したWalmartの実践方法

「在庫管理をもっと効率化できないのか」「AIを使った効率化案を出してほしい」

上層部からの突然の指示に頭を抱える担当者は、あなただけではありません。

現在の小売業は、人手不足や消費者行動の複雑化、さらにコストの高騰という3つの危機に直面しています。

その中でも、世界最大の小売企業であるウォルマート(Walmart)は、AIを導入し3,000万マイルの輸送コストを削減しました。

本記事ではウォルマートが、いかにしてAIを活用し成果を出したのか、具体的なプロセスを解説します。

目次

小売業の3つの危機

前述した3つの危機は、業界自体を変えてしまうほど深刻な問題です。

なぜ今AIが不可欠なのか、背景を見ていきましょう。

生産性が低下し物流が維持できない

ウォルマートを含む小売業は、人手に頼った運営が限界を迎え、物流の崩壊に直面していました。背景には3つの限界があります。

第一に人の限界です。少子高齢化によるドライバー不足で、賃金を上げても人が集まらず、サービス低下を招いていました。

第二に効率の限界です。勘と経験に頼った配送計画では、何千キロもの無駄な走行や空荷配送が常態化し、燃料費と人件費だけが発生する悪循環に陥っていました。

第三に供給の限界です。非効率な物流が納品遅れや欠品に直結します。欲しい時に商品がない状況は顧客離れを引き起こしています。

これらの限界が積み重なった結果、小売業全体の生産性は深刻な低下を招いていました。

消費者行動が複雑化している

Amazonの台頭により、消費者は「手間なし」「個別の提案」「先回りした提案」といったデジタル体験を求めています。待たされることや探す手間への共用範囲が極端に低下し、少しのストレスが即座に顧客離れを招くようになりました。

ウォルマート傘下のサムズクラブでは、防犯上の都合により、退店時にレシートを目視で確認しています。その結果、出口に行列ができてしまい、顧客のストレスとなっていました。

さらにECサイトでは、古い検索システムが顧客の求める商品を的確に表示できず、結果として顧客の離脱を招いていました。

コストが高騰し利益が出ない

「Everyday Low Price」を掲げるウォルマートにとって、原材料費やエネルギー価格の高騰は、経営の根幹を揺るがす問題です。特に店舗運営や冷蔵設備に不可欠な電気代の上昇が、利益の確保に追い打ちをかけています。

企業は、消費者の節約志向に応えて価格を据え置こうと努力しています。しかし、努力だけでは、売上は立っても利益が残らないという危機に陥っています。

こういった悪循環を断ち切るためには、従来のコスト削減手法を超えた、抜本的な改革が必要でした。

【小売業のAI活用】Walmartが導入した3つのAIとは?

小売業がこうした危機をむかえている中、ウォルマートは以下のAI技術を導入しました。

技術の概要AI技術目的
配送最適化AIAI駆動型物流技術 Route Optimization生産性対策
買い物アシスタント対話型検索機能 Sparky消費者行動対策
需要予測AIマルチホライズン再帰型ニューラルネットワークコスト対策

それぞれ詳しく見ていきましょう。

配送最適化AI:AI駆動型物流技術 Route Optimization

ウォルマートは、物流の危機を解決するため、AI駆動型物流技術 Route Optimization(ルート・オプティマイゼーション)を開発しました。

外部委託では、ウォルマートの複雑な物流網と変化する配送環境に対応しきれません。よって同社は長年のノウハウとリソースを活かし、自社の課題に特化したシステムを内製化しました。

本システムの特徴は、リアルタイム分析です。トラックの積載量や顧客の在宅時間帯に加え、渋滞状況や天候などの要素を分析し、最適なルートを算出します。配送中に事故や渋滞、豪雨に遭遇しても、ドライバーに最適な迂回路を伝え、配送の遅延を抑えることが可能です。

本システムの導入により、ウォルマートは物流の危機を乗り越え、効率的な配送を実現しました。

買い物アシスタント:対話型検索機能 Sparky

ウォルマートは、Amazonなどの競合に対し、対話型ショッピングアシスタント Sparky(スパーキー)を導入しました。このSparkyを支えるのが、独自開発の大規模言語モデル Wallaby(ワラビー)です。

従来のキーワード検索では、顧客が欲しい商品にたどり着くまで時間がかかり、ストレスとなっていました。

AmazonのAI Rufus(ルーファス)などが台頭しています。これに対しウォルマートは、AIが顧客の代わりに考え、能動的に提案を行うエージェント・コマースへの転換を掲げました。

例えば、Sparkyに「子供のお泊まり会の準備」と伝えるだけで、Wallabyが即座に文脈を理解します。単語で検索しなくても、スナック菓子からジュース、紙皿に至るまで、必要な商品を提案することが可能です。

本システムにより、顧客の検索ストレスを減らすと同時に、関連商品の購入を自然に促すことに成功しています。

需要予測AI:マルチホライズン再帰型ニューラルネットワーク

「いつ、何が、どれだけ売れるか」を正確に把握することは、小売業にとって長年の課題でした。

しかしウォルマートは、この課題を独自に開発したマルチホライズン再帰型ニューラルネットワークというAIで解決しました。

生成AIとは異なり、未来の数値を予測するAIです。人間の脳を模した深層学習を用い、特に時間の経過と共に変化するデータの分析が得意です。

過去の売上データに加え、気象情報、地域のイベント、SNSのトレンドといった数億もの情報を組み合わせ、今週末だけでなく数週間後までの未来を同時に予測できます。

AIが未来を予測することで、在庫率の向上と廃棄ロスの削減を同時に実現しました。

Walmartが小売業で実証したAI活用の成果

ウォルマートはAI導入を実験や話題作りで終わらせず、以下の成果を出しました。

  • 在庫廃棄リスクの軽減
  • 物流コストの削減
  • オンライン売上の拡大

AIが現場に根付いた結果を確認していきましょう。

在庫廃棄リスクの削減

ウォルマートはマルチホライズン再帰型ニューラルネットワークの導入により、廃棄リスクを削減しました。

具体的な成果は以下の通りです。

対象領域改善項目成果廃棄リスクへの効果
アパレルリードタイム短縮生産時間を最大18週間短縮トレンド変化による売れ残りを回避し、企画から販売までを短縮することで過剰在庫リスクを削減しました
食品管理設備維持管理メンテナンス費用19%削減設備の故障をAIが予知して未然に防ぎ、温度異常による大量の食品ロスを防止しています
物流センター商品処理効率平均処理コストを最大20%削減見込み配送時間を短縮して商品を新鮮な状態で店舗へ届けることで、廃棄ロスを最小限に抑止しています

このようにAI活用は利益率の改善だけでなく、廃棄ロス削減による環境負荷の軽減というサステナビリティにも貢献しています。

物流コストの削減

独自開発したRoute Optimizationの導入により、ウォルマートは配送コストの削減と環境負荷の軽減を実現しました。

AIがドライバーのルートやトラックの積載率を最適化することで、人手不足の中でも安定した配送体制を維持しました。

具体的な成果を見ると、AIによる最適化で年間3,000万マイル(地球約1,200周分)もの無駄な走行を削減しました。ガソリン代などの配送コストを大幅にカットしただけでなく、9,400万ポンドのCO2排出量削減という環境面での成果も出ています。

結果としてウォルマートは、AI活用によって収益性と持続可能性を両立させました。

オンライン売上の拡大

対話型アシスタントSparkyは、行動するAIへと進化し、EC事業を牽引しています。今後は、自律的に再注文や決済までを行うスーパーエージェント機能の実装が進行中です。

こうしたAIによる顧客体験や利便性の向上により、EC売上は前年比21%増を記録しました。大型セール時の顧客支出額はAmazonの約2倍に達する成果も出ました。

AIの進化こそが、他社にはない顧客体験を生み出し、売上の拡大をもたらしています。

小売業でAI活用を成功させるプロセス

ここまで見てきたように、ウォルマートはAIの導入で成果を上げています。この成功は資金力だけによるものではなく、明確な導入ステップを踏んだ結果です。

ウォルマートの事例から、企業が実践できるAI導入プロセスを以下の表にまとめました。

項目プロセス名アクションウォルマートの事例
プロセス1目的を明確にする「AIで何ができるか」ではなく、「どの業務が現場を苦しめているか」を特定する技術の導入を目的にせず、在庫廃棄ロスや物流コストの高騰といった、経営に直結する具体的な課題を起点にした
プロセス2段階的に実装するスモールスタートで検証し、成果が出たものを全店へ展開し、現場の使いやすさにこだわるPoC(実証実験)で満足せず、自社開発のシステムを現場の業務フローに組み込み、全米の店舗網へスケールさせた
プロセス3組織を変革するAIは仕事を奪うのではなく、パートナーであると定義するAIに単純作業を任せることで、従業員が「接客」や「創造的な業務」に集中できる環境を作り出した

このように、AI導入はゴールではなく、課題解決のスタート地点です。

まずは現場の声を聞き、どの業務をAIに任せられるかを洗い出すことから始めてみてはいかがでしょうか。

ウォルマートの成功は、決して特異な事例ではなく、正しい手順を踏めばどの企業でも再現可能です。

小売業のAI導入の課題

ウォルマートのような成功事例の裏には、以下のような課題がありました。

  • 現場スタッフの信頼を獲得する
  • 膨大なデータの品質を管理する
  • AIのリスクに対策する

プロジェクトを成功させるために、事前に把握しておきましょう。

現場スタッフの信頼を獲得する

AI導入における最初のハードルは、現場スタッフの心理的な課題でした。

理由としては、現場スタッフにとってAIは、自分の仕事を奪う脅威や監視ツールとして映りやすく、拒否反応を引き起こす恐れがあるからです。

「難しくて覚えられない」「監視されているようで不快だ」といった現場の反発があれば、どんなに優れたAIも使われなくなってしまいます。

この課題を解決するためには、導入の目的が人員削減ではなく、負担軽減であることを、明確に伝える必要があります。

ウォルマートがPeople-led(人主導)を掲げたように、まずはシフト作成や棚卸しといった誰もやりたがらない面倒な業務からAIに任せてみてください。

AIのおかげで楽になったという体験の積み重ねが、現場の意識を変えていきます。

膨大なデータの品質管理

AI導入の成否は、データの品質管理で決まります。

なぜなら、AIには「Garbage In, Garbage Out(ゴミを入れたらゴミが出てくる)」という原則があるからです。学習させるデータの精度が低ければ、どんなに最新のAIを導入しても、誤った予測やアウトプットしか生み出せません。

小売業の実情は、店舗ごとにデータがバラバラだったり、手書きの台帳が散見されたりと、情報が整理されていません。AIを正しく活用するには、商品マスタの統一や、データの整備、在庫データのリアルタイム化といった、地道な作業が不可欠です。

AIの導入プロジェクトを成功させるには、まずデータ整備という工程に、予算と時間を割いていきましょう。

AIのリスクと対策

AIを活用する場合、その特性を正しく理解し、適切なリスク管理を行う必要があります。

AIにはハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスクや、入力した情報が学習データとして外部に漏洩するリスクがあるからです。従来のITシステムとは異なるリスクに対し、企業は明確なガイドラインを策定しなければなりません。

例えば、個人情報は入力しない、AIの回答は必ず人間がダブルチェックするといったルール作りです。

仕組みを正しく理解した上で、人間が最終責任を持ってコントロールすることが、AI活用を安全に成功させる秘訣です。

小売業のAI導入による業務改革

AI導入は単なる業務の効率化ではなく、企業のビジネスモデルそのものを変革します。

人口減少が加速する日本において、安価な労働力に依存した従来の経営モデルは、もはや維持が困難です。

目指すべきは、ウォルマートが実践しているAIと人間の分業です。膨大なルーチンワークをAIに一任することで、人間はようやく、きめ細やかなサポートや魅力的な売り場づくりといった、人にしかできない業務に集中できます。

AI導入を通じて、組織と人が次世代の成長モデルへと転換することが、日本の小売業が目指すべき方向性です。


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