高齢化が進み、リハビリを必要とする人は増えていますが、理学療法士などの専門家の数は足りていない状況です。特に地方ではリハビリを受けたくても受けられない人が多く、通院が難しい患者さんに対応できる「家にいながら続けられるリハビリ」へのニーズが高まっています。この課題を解決する技術として注目されているのが、ソニーグループが提供する在宅リハビリ支援サービス「リハカツ」です。
姿勢推定AIは患者さんの動きを数値で示せるため、評価のばらつきを減らし、在宅リハビリにも活用できます。
本記事では、この技術がどのように役立つのか、導入の背景、仕組み、効果、そして今後の可能性についてわかりやすく解説します。
姿勢推定AIとは?

姿勢推定AIとはカメラで撮影した映像から人の関節の位置を割り出し、体の動きや姿勢をリアルタイムで数値として出す技術です。これにより、今まで専門家の経験や感覚に頼っていた姿勢評価を、客観的なデータとして確認できるようになります。ソニーの「リハカツ」の特長は、特別な機器を用意しなくても使えるという点です。スマートフォンやタブレットのカメラだけで分析ができるため、自宅や離れた場所でも手軽に利用できます。歩行などの動きを計測し、関節の角度や動く速さ、動ける範囲などを数字で示せるため、誰が評価しても同じ基準で判断できる点が大きな強みです。
医療現場の課題とAI導入の背景
リハビリ専門家の不足と客観的評価の必要性
日本では高齢化が進み、リハビリを必要とする人が増えていますが、専門家は不足しており、特に地方では人手が足りない状況です。また、これまでのリハビリ評価は目視による判断が中心で、専門家によって結果が変わることもありました。リハビリの水準をそろえるには、人の感覚に頼らず、誰が担当しても同じ基準で判断できる仕組みが求められてたのです。
姿勢推定AI導入の狙いと経営戦略上の位置づけ
ソニーグループが「リハカツ」に取り組んだ最大の理由は、リハビリの進め方を人の経験や感覚に頼るのではなく、きちんとしたデータにもとづいて判断できる形に変えていくことでした。
- サービスの水準と効率を高める
AIが体の動きを数値として記録・分析することで、評価の差が出にくくなります。 - 在宅リハビリを支える仕組み
体の状態をデータで確認できるようになることで、通院が難しい患者さんも自宅で支援を受けられるようになります。地域に関係なくリハビリを届けられるため、これまでサポートが行き届かなかった人にもサービスを提供できるのです。
こうした取り組みは、デジタル技術を使って専門家の負担を減らし、水準を高める「医療DX(医療のデジタル化)」の実現そのものです。限られた専門家の人数でも、より多くの患者さんを支えられる体制づくりにつながると期待されています。
ソニーの姿勢推定AI技術と導入プロセス
カメラだけで行う高精度の動作解析
「リハカツ」の中心となっているのは、ソニーグループが独自に開発した姿勢推定AIです。
- リアルタイムで骨格を読み取る仕組み
患者さんがスマートフォンやタブレットのカメラの前で体を動かすと、AIが映像から骨格を素早く読み取り、関節の角度や体の動かし方をその場で数字に表します。特別なセンサーを体につける必要はありません。 - 理想の動きと比較してアドバイス
AIには、専門家が監修した「正しい動きのデータ」が登録されています。患者さんの動きと照らし合わせながら、「膝をもう少し曲げましょう」「腕をゆっくり上げてください」などのアドバイスをリアルタイムで画面や音声で伝えます。 - 安全にリハビリを続けるために
間違ったフォームは効果が出にくいだけでなく、体を痛める原因にもなるのです。AIがその場で修正ポイントを示してくれることで、自宅でも安心してリハビリに取り組むことができ、正しい動きを身につけやすくなります。
専門家とAIを組み合わせたサポート体制

「リハカツ」では、専門家の指導とAIの分析を組み合わせてリハビリを進めていきます。
①最初に専門家によるヒアリングを行う
まずはオンラインで面談を行い、体の状態や生活リズム、リハビリの目標などを丁寧に確認します。AIだけではわからない気持ちの面や生活上のリスクについても、ここでしっかり聞き取ります。
➁自宅で行った動きをAIが自動で記録する
患者さんは自宅でリハビリを行い、その動きをAIが自動で記録します。関節の動きやトレーニングの達成度がデータとして集められ、いつでも確認できるようになるのです。
③データをもとに専門家が見直しを行う
集まったデータは専門家が定期的にチェックし、状況に合わせてプログラムを見直します。動きに改善が見られない部分があればオンラインでアドバイスを行うなど、続けてサポートします。
この仕組みにより、自宅でも水準の高いリハビリを無理なく続けられる環境が整うのです。
「リハカツ」の導入による効果と成果
医療の水準と診療の正確さの向上
AIが動きを数値として捉えることで、リハビリの水準を大きく高めることができます。
- データをもとにしたリハビリ計画
「膝の曲がりが〇度良くなった」「歩行の左右差が△%改善した」といった具体的なデータをもとに効果を判断できるため、治療方針をより具体的に決められます。患者さんも回復を実感しやすくなり、続ける意欲にもつながるのです。 - 見逃しやすい動きのクセを検出
人の 目視では気づきにくい誤った動きもAIが捉えられるため、ケガの防止や効果的なトレーニングに役立ちます。
専門家の負担軽減と働きやすい環境づくり
評価や記録などの繰り返し作業をAIが自動化することで、現場の負担を大きく減らせます。
- 本来の業務に集中できる環境へ
専門家は記録の作業に追われることなく、患者さんとの対話やケアなど、人にしかできないサポートに時間を維持できるようになるのです。 - 人手不足への対策にも
一人の専門家が担当できる患者数が増え、限られた人材を有効に活用できます。医療機関にとっても作業の手間が少なくなり、働き方改革を進めるうえでも効果が期待できます。
前向きに続けられるリハビリの工夫
リハビリは継続が何より大切ですが、途中で心が折れてしまう人も少なくありません。AIは、その継続を支える存在として役立ちます。
- できることが増えていくのを感じられる仕組み
AIが残したスコアやグラフを見ることで、自分の動きがどれだけ良くなったかをはっきり確認できます。わずかな変化でも「できた」という実感につながり、リハビリへの前向きな気持ちを保ちやすくなるのです。 - 自宅でも続けられる安心感
患者さんが通院できない日でも、自宅でAIのアドバイスを受けながら取り組めるため、リハビリが途切れにくくなります。リハビリを続けやすい環境が整うことで、回復にもつながりやすくなるのです。
今後の展望と課題
遠隔リハビリの進展
今後は次世代の通信技術が広がることで、高画質の映像をほぼ遅れることなくやり取りできるようになります。したがって、自宅でも対面に近い水準のリハビリ支援を受けられる環境が、より身近に感じられるようになります。
- 体のデータを組み合わせた細やかな支援
スマートウォッチなどで記録した心拍や睡眠のデータと、AIが分析した情報を合わせて活用することで、その日の体調に合わせたリハビリの内容を自動で調整できる期待が見込まれています。
- 安全で使いやすい仕組みへ
ソニーグループのAIは、データを外に送らず、その場で扱う仕組みを取り入れています。通信の遅れを抑えながら、個人情報が外へ漏れにくいため、安心して利用できます。
予防と安全にも広がる技術
- 転ばない体づくりや健康維持に
姿勢推定技術は、リハビリだけでなく予防の場面でも役立ちます。高齢者の歩き方や姿勢の変化を日ごろから記録することで、転倒の危険や体力の低下を早めに気づくことができるのです。
- 産業分野での活用
スポーツではフォームの改善やケガの予防に役立ちます。また、工場や建設現場では危険な動きを早めに察知して事故を防ぐ仕組みとして活用が進んでいるのです。介護施設でも、転倒などの異変に気づく見守りとして期待されており、今後さらに幅広い分野での活用が見込まれています。
今後の課題
- プライバシーへの配慮
体の動きといった個人情報を扱う以上、利用者が不安にならない説明や、高い水準のセキュリティ対策が欠かせません。
- 専門家との役割分担
AIはあくまでもサポート役です。最終的な判断は専門家が行うべきであり、正しく使いこなすための教育が欠かせません。
- 高齢者へのサポート
機械が苦手な高齢者も多いため、使いやすい画面づくりや、家族・地域によるフォローが求められます。
まとめ
ソニーグループの「リハカツ」は、リハビリの現場で起きている専門家の人手不足、評価のばらつき、リハビリが続かない問題といった課題に向き合うために生まれた取り組みです。AIが体の動きを数字で示し、専門家がそれをもとに支援することで、より水準の高いリハビリを提供しやすくなります。専門家は記録や測定の負担も減るため、患者さんに向き合う時間をしっかり確保できるようになります。高齢化が進む社会では、限られた人手で多くの患者さんを支える工夫が欠かせません。姿勢推定AIは、医療の水準を保ちながら現場を支える有効な手段となり、今後の医療のあり方を大きく支えていく存在になるでしょう。


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