不動産業界では、人手不足や業務の属人化が深刻化しています。長年の課題をAIでどう解決できるのでしょうか。
オープンハウスはAI導入により年間25,700時間の業務削減を実現し、不動産DXの成功事例として注目を集めています。
本記事では、導入の背景からプロセス、成果、そして成功のポイントまでを詳しく解説します。
AI導入以前の3大課題

不動産業界では、資料作成や査定などの業務が属人化しやすく、担当者の経験や勘に依存してきました。
特に「不動産査定」「資料作成」「営業プロセス」の3領域では、精度・時間・ノウハウ共有の課題が顕在化しています。
以下の表は、AI導入前の現場の業務課題を整理したものです。
【表1:AI導入以前の主要課題】
| 業務領域 | 課題 | 現場の影響 |
| 不動産査定 | ・ベテランの勘への依存 | ・査定額にばらつきが発生 ・査定業務に多くの時間を要する ・業務のボトルネック化 |
| 資料作成 | ・属人化した手作業 | ・作成に時間と手間がかかっていた ・営業担当者の顧客対応を圧迫 |
| 営業プロセス | ・ノウハウの共有不足 | ・トップセールスの成功要因が個人のスキルに依存 ・新人の育成に多大な時間とコストが発生 |
上記の課題に対し、オープンハウスは領域ごとに最適なAIツールを選定し、 段階的に導入を進めました。
オープンハウスが導入した主要AIシステムとその機能

オープンハウスは、課題を解決するため、各業務に最適なAIを選定しました。
導入AIの全体像と技術構成
以下の表は、主要なAIツールの目的・主な機能・技術を整理し、オープンハウスのAI活用全体像を俯瞰できるようにまとめました。
【表2:オープンハウスの主要AIツール概要】
| AIツール | 目的 | 主な機能・技術 |
| 物件資料自動作成 | ・資料管理の自動化 | ・社内サーバーの資料を分類・抜粋・編集 |
| 全自動帯替え | ・資料加工の効率化 | ・帯部分のみを正確に検知・自動差し替え |
| 物件チラシ全自動作成システム | ・販促資料の作成と審査を自動化 | ・物件名を入力するだけでチラシを自動生成 ・景品表示法などのチェックを自動化 ・コンプライアンスチェックを自動化 |
| SRE AI査定CLOUD | ・査定業務の標準化、高速化 | ・高精度査定を最短5分で実現 |
| AetA(アエタ) | ・営業プロセスの可視化 | ・営業活動データをSalesforceに集約・分析 ・トップセールスのノウハウを形式知化 |
| 宅地の自動区割りシステム | ・最適設計の自動化 | ・建築基準法などを遵守し、最適な区割り案を自動設計 |
現場課題を解決したAIソリューション
上記で紹介した主要なAIツールについて、詳しくご紹介します。
物件資料自動作成(資料管理の自動化)
- 社内資料の検索・編集・結合を自動化するシステム
- ディープラーニングにより不動産資料に最適化
- 社内サーバーから必要情報を自動抽出、編集し、資料作成の全プロセスを自動化
全自動帯替え(資料加工を自動化)

- 物件資料の端にある「帯」をAIが自動で差し替えるシステム
- 「帯」とは、不動産チラシの端に入っている帯状のエリア(主に価格や問い合わせ先を記載)
- 物体検出モデル(Faster-RCNN)を転移学習し、帯部分のみを正確に検知
- AIが画像から帯位置を特定し、自社情報に差し替えることで、作業を完全自動化
物件チラシ全自動作成システム(販促資料の作成と審査を自動化)
- 不動産業界初のAI×RPA連携システム
- 物件名を音声やチャットで入力すると、AIが2〜3分でデザインを自動生成
- 「価格重視」など最大14パターンのチラシを即座に作成可能
- AIが景品表示法などの広告ルールを自動チェックし、審査も効率化
- 紙文化が根強い業界で、非接触型のデジタルチラシを提供
- オープンハウスで内製開発
SRE AI査定CLOUD(査定の標準化、高速化)
- SREホールディングスが提供する、AIによる不動産価格査定クラウドサービス
- 全国の土地・戸建て・マンション・賃料に対応
- 誤差中央値4.3%の高精度査定を最短5分で実現
- 市場動向、ハザード情報などを含むレポートを自動生成
AetA(営業プロセスの可視化)
- 営業、顧客、案件情報を統合管理する自社開発システム
- 名刺管理をベースに、接触履歴や案件進捗を一元化
- 首都圏の宅建業者データも活用し、営業活動を可視化
- 行動予定、日報、メール送信などを統合し、二重入力を排除
- 情報検索の効率を向上させ、蓄積データを営業分析にも活用
宅地の自動区割りシステム(最適設計の自動化)
- AIによる宅地区割りの自動設計は世界初の取り組み(特許出願中)
- 宅地仕入れ時の「区割り設計」をAIで自動化し、作業工数を8割削減可能
- 進化計算AI「DARWIN」を用い、遺伝的アルゴリズムを図形分割に応用
- 土地形状データ、建築基準法、建ぺい率、容積率などを考慮し、AIが最適案を設計
- 複数案から最適な区割りを選定し、CADデータとして出力
- 旗竿敷地など特殊形状にも柔軟に対応可能
ここまで紹介した各AIツールは、目的や技術、導入効果の面で異なる特徴を持っています。
導入時の課題と対策

上記のAI導入は決して容易ではありませんでした。 現場からは「AIに仕事を奪われるのでは」という不安の声も上がりました。
オープンハウスは、AIを協働パートナーと位置づけ、AIがデータを分析し、人が最終判断を下す体制を構築します。 さらに、開発チームが各営業拠点を回り、現場の課題をヒアリングしながら改良を重ねていきました。
「仕事が奪われる」という抵抗感への対策
オープンハウスは、AIを「敵」ではなく「協働パートナー」として位置づけ、社員の安心感を重視した運用体制を整えました。
- AIを「能力拡張ツール」と位置づけ
- AIがデータ提示、人間が付加価値を提供する協業モデルを確立
- 役割分担の明確化により現場の不安を払拭
こうして「AIに奪われる」から「AIと共に働く」へと、意識改革を実現しました。
「使われないシステム」を防ぐ現場密着の体制構築
オープンハウスでは、AIを形だけ導入するのではなく、営業現場とIT部門が一体となって運用改善を進めました。
- 開発チームが全営業拠点を訪問し、現場の声をヒアリング
- 営業出身者をIT部門との橋渡し役に任命
- 現場の信頼を獲得しながら導入を推進
現場に寄り添う体制を築いたことで、導入後も「使われ続けるAI」を実現しています。
では、具体的にどのような手順でAI導入を進めたのでしょうか? 「内製」と「SaaS」の判断基準とは何でしょうか?
オープンハウスのAI導入プロセス

引用元:PR TIMES(URL:prtimes.jp/main/html/rd/p/000000135.000019319.html)
オープンハウスの成功は、単に優れた技術を選定しただけではありません。AIを現場に根付かせるための、導入プロセスと組織体制が重要になっています。
AI活用に向けた共同実証実験(PoC)|アジアクエストとの協業
オープンハウスは、最新技術である生成AI(Azure OpenAI Serviceなど)の導入に際し、アジアクエストと共同実証実験(PoC)を2023年7月から開始しました。
目的は「AIを使うこと」ではなく、業務課題の改善と顧客サービスの向上に焦点を当てることです。アジアクエストが技術アドバイザーとして支援し、推奨物件の自動生成や書類作成のアシスト、仮想オンラインコンシェルジュサービスといった活用項目を検証しています。
効果が確認された領域から順次全社展開を進めるという、課題解決型の段階的なアプローチを徹底しています。
「内製」と「SaaS導入」の戦略的使い分け
次に、実証実験(PoC)などの結果を踏まえた全体戦略です。
オープンハウスは、全てのAIを内製(自社開発)しているわけではありません。「SaaSを導入する業務」と「内製する業務」を判断しています。
内製か導入かの判断は、DXの投資対効果(ROI)を最大化するために必要です。
【表3:「内製」と「SaaS導入」の使い分け】
| 判断 | 内製 | SaaS導入 |
| 対象業務の例 | ・物件資料自動作成/全自動帯替え(一部外部技術有り) ・物件チラシ全自動作成システム ・宅地の自動区割りシステム ・AetA(一部外部パートナーと連携) | ・SRE AI査定CLOUD |
| 判断基準 | ・競争優位性の源泉となるコア業務 ・自社特有の複雑なワークフロー | ・業界標準となっている汎用的な業務 ・迅速な導入とコスト効率を優先 |
| メリット | ・独自のノウハウを蓄積できる ・自社に最適化できる | ・導入スピードが速い ・開発リソースをコア業務に集中できる |
「現場密着型」の内製化開発プロセス
最後に、「内製」と決めた業務の実行プロセスです。
物件チラシ全自動作成システムなどの開発では、IT部門が現場に常駐し、営業担当者の課題をヒアリングしながら改良を重ねました。
こうした戦略的なプロセスを経て導入されたAIは、 驚くべき成果を生み出しています。
オープンハウスのAI導入による効果

オープンハウスのAI導入は、単なる効率化にとどまりません。
オープンハウスは、AI・RPA技術を活用した10テーマの実現により、年間25,700時間の工数削減を達成しました。以下の表は、主要なAIツールによる具体的な成果を示しています。
【表4:AI導入による主要成果(Before → After)】
| AIツール | 導入前の課題(Before) | AI導入後の成果(After) |
| ・物件資料自動作成 ・全自動帯替え | ・煩雑かつ単調な業務 ・単調で負担が大きい | ・年間20,000時間の工数削減 |
| 物件チラシ全自動作成システム | ・審査にかかる時間と労力 | ・チラシ作成業務を年間約2,880時間削減 ・広告審査時間を約900時間削減 ・合計で年間約3,780時間の工数削減 |
| SRE AI査定CLOUD | ・ベテランの勘に依存 ・査定業務に多くの時間を要する | ・SRE AI査定CLOUDの導入により業務を効率化 ・年間1,200時間の工数削減見込み ・査定基準の標準化 |
| 宅地の自動区割りシステム | ・熟練者の経験に依存 ・区割り設計に多大な時間 | ・AIが瞬時に最適プランを提示 ・設計工数を8割削減可能 ・事業化の意思決定を迅速化 |
| AetA (営業支援システム) | ・ノウハウが属人化 ・新人の育成コスト大 | ・トップセールスのノウハウを可視化 ・データに基づき営業品質を標準化 |
上記の内容は、AI活用の第一フェーズ「効率化」の成果です。
オープンハウスのAI戦略はここで終わりません。 蓄積されたデータを活用した、第二フェーズが始まっています。
今後の展望と不動産テックの未来

オープンハウスのAI活用は、既存業務の効率化というフェーズに留まりません。
今後は、蓄積されたデータをさらに活用し、顧客体験の向上やマーケティングの強化といった、新たな価値創出の領域へと進んでいきます。
「AI Central Voice」による顧客の声の分析
子会社であるオープンハウス・アーキテクトでは、顧客満足度アンケートをAIで分析する「AI Central Voice」を実証導入し、効果検証を進めています。
上記により、顧客の不満や改善点を客観的に特定し、建築やサービスの品質向上に役立てています。
AIとデータを活用したマーケティングの強化
オープンハウスは、データドリブンなマーケティングを推進しています。契約者データなどの顧客情報をAIで分析し、結果をWeb広告の運用に活かすことで、広告効率を3割改善するという成果を上げました。
今後は、お客様一人ひとりのニーズに合わせた、より精度の高い 情報提供が可能になるでしょう。
オープンハウスの成功から、私たちは何を学べるのか? 実践的なポイントを3つに整理しました。
オープンハウスの事例からAI導入を成功させるポイント

オープンハウスの事例から、AI導入を成功させるポイントは以下の3つです。
- 「AI導入」を目的にしない。
現場が本当に困っている課題(資料作成の時間、査定の属人化など)の解決から始める。 - すべてを自社で開発しようとしない。
自社の強みになる業務(宅地の自動区割りなど)は「内製」し、一般的な業務(査定など)は「SaaS(外部サービス)」を利用して、賢く使い分ける。 - 現場を置き去りにしない。
「AIは仕事を奪う敵」ではなく「仕事を助ける仲間」であることを伝え、現場の声を聴きながら導入を進める。
まずは自社の業務の中で、どこに課題があるのか、この3つの視点から整理してみてはいかがでしょうか。


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