医療現場では、放射線科医の慢性的な人手不足や、画像診断業務の増加による負担の高まりが深刻な課題となっています。こうした中、丸紅株式会社は米国Enlitic(エンリティック)社が開発したAI医療画像診断システムの国内独占販売権を取得し、医療DXの新たな局面を切り開こうとしています。
本記事では、丸紅株式会社がEnlitic社のシステムを選んだ背景、搭載されている主要技術、そして医療現場にもたらす効果について解説します。検証段階の事例も踏まえながら、丸紅株式会社による医療×AIの可能性を網羅的にお伝えしますので、ぜひ最後までご覧ください。
丸紅株式会社がEnlitic社のAI医療画像診断システムを選んだ背景

丸紅株式会社がEnlitic社のAI医療画像診断システムを選定した背景には、放射線科医の人手不足と業務負担の増大という、日本の医療現場が直面する構造的課題があります。
診療できる放射線科医師の不足
日本放射線学会によると、国内の放射線科専門医は約8,000人前後にとどまり、MRIやCTなどの画像検査件数の増加に対して供給が追いついていません。地方や中小規模の病院では、常勤の放射線科医を確保できないケースが多くなっています。
このような状況の背景には、医師全体の高齢化と専門分野への偏在があります。放射線科は高度な専門知識と読影経験が求められる分野であり、医療機関における人材確保が困難です。
現職の医者の負担増加
放射線科医師の不足によって、現場で働く医師への業務負担が増大しています。CT・MRI・X線といった画像検査は年々増加しており、1人の医師で数百枚の画像を解析するケースも珍しくありません。
こうした読影業務は、長時間労働や集中力の低下を招き、診断精度や安全性に影響を及ぼすリスクを伴います。特に急性期医療や救急対応の現場では、短時間で多くの患者を診る必要があり、医師の精神的・肉体的負担は大きなものとなっています。
さらに、画像診断における以下の多層的なタスクは、限られた時間でこなすことが容易ではなく、医師の疲弊や離職にもつながりかねません。
- 撮影条件の確認
- レポート作成
- 診療科との連携
- 症例検討
Enlitic社のAI医療画像診断システムが提供する技術

Enlitic社は深層学習を応用し、過去に蓄積された画像データを活用して高精度なモデルを構築しています。同社は1,000万症例を超えるデータを保有すると公開しており、胸部X線診断支援を可能にします。
こうした膨大な医療データを活用した技術やモデルに着目し、丸紅株式会社はEnlitic社のAI医療画像診断システムを選んだと予想されます。
ディープラーニング(深層学習)をベースにした画像診断のサポート
Enlitic社のAI医療画像診断システムの基盤はディープラーニングであり、医師による画像診断をサポートします。多層のニューラルネットワークを用いて大量の画像データから特徴を自動抽出し、人間の専門医に近いレベルでパターンを認識・判断するアルゴリズムです。
EnliticのAIでは、数百万件規模に及ぶ過去の医用画像を学習し、病変パターン・影の濃淡・組織構造の変化などを抽出・解析します。これにより、医師が注目すべき箇所を優先的に提示する「アテンション支援型解析」が可能となり、診断プロセスを効率化します。
Curie|ENDEX™:医療画像の整理・標準化を効率化
Curie|ENDEX™は、医療機関が抱える画像データを管理するプラットフォームで、医療画像の整理・標準化を効率化します。メーカーや撮影装置が異なるシステム間でも、共通の基準で画像を扱えるようにすることで、再現性と精度を高めることが可能です。
ENDEX™の中核機能となるのは、メタデータの解析と再構築です。
AIが各画像に付随する診断タグ・撮影条件・機器情報を読み取り、国際規格に基づいて再整理します。
また、ENDEX™は医療情報の信頼性を担保するデータクレンジング基盤としても機能し、AIが扱う画像データの品質を一定水準以上に保ちます。
Curie|ENCOG™:医療画像における個人情報の匿名化
Curie|ENCOG™は、医療画像に含まれる個人情報を匿名化する技術で、AI技術を医療現場で安全に運用するための環境を整備する役割を果たします。医療データには患者名、ID、撮影日時、施設情報などの個人識別情報が含まれていますが、これらをそのままAI解析や共有に利用すると、個人情報漏えいのリスクが生じます。
ENCOG™では画像内に直接埋め込まれた文字情報(名前・ID・バーコードなど)を自動検出し、マスキングまたは除去を行います。これによって、個人を特定できない状態でデータを活用することが可能です。
AI医療画像診断システムが医療現場でもたらす効果
以下にてAI医療画像診断システムが医療現場でもたらす効果を2つ紹介します。
画像の評価や患者の診療指導に充てる時間の削減
AI医療画像診断システムの導入によって、医師による画像確認や診断報告書の作成に費やす時間を大幅に削減する効果が期待できます。Enlitic社のAIシステムが画像を解析し、異常の可能性が高い箇所を提示します。
また、AIが自動生成する注釈付き画像により、診断報告書の作成工程を効率化できます。これによって、医師が空いた時間を患者対応や治療方針の立案、他部門とのカンファレンスなどに充てられます。
診断精度の向上による早期検知・誤診削減
AI医療画像診断システムの利点は、診断精度を飛躍的に向上させ、早期検知や誤診のリスクを低減できる点にあります。医師の目でも識別が難しい特徴を高精度で抽出できるようになることで、早期段階での病変検知が可能となり、重篤な疾患を初期に発見する確率が高まります。
また、AIは診断プロセスにおける「人為的誤差」を補完します。疲労や情報過多による見落としを防ぎ、医師の判断をデータドリブンに支援します。これにより、診断の一貫性と再現性を向上させ、医師間での診断ばらつきを抑制することが可能です。
丸紅株式会社の医療事業における実績
丸紅株式会社は、医療分野におけるグローバルなネットワーク商社として、その総合力を活かし、医療インフラやDX領域での展開を強化しています。Enlitic社のAI医療画像診断システム導入後も、国内外の医療機関や企業との協業を進め、多角的なプロジェクトを展開しています。
現時点では、AI画像診断の実運用は契約・導入支援の段階にとどまっていますが、同社が手掛けてきた医療DXの実績はすでに多数あります。以下では、遠隔読影実証に参加した事例について解説します。
医療専用閉域ネットワークを使った国内の遠隔読影実証に参加
丸紅情報システムズ(MSYS)は、千葉大学病院および技術企業ビットブレインと連携し、医療専用閉域ネットワークを活用した遠隔読影の実証実験を国内で初めて開始しました。
千葉大学病院の検査装置から得られる画像データを、閉域ネットワークを介して外部放射線科医に転送することで、病院をまたいだ診断を可能とします。院内ネットワークと外部ネットワークを完全に分離し、通信回線の安全性を重視しているのが特徴です。
この取り組みによって、地方病院など読影体制が整っていない施設でも、遠隔の専門医による画像診断を活用できる可能性が開かれます。
医療業界におけるAI活用の国内トレンド
日本の医療業界でも、AI技術の導入が進みつつあります。医療従事者の人手不足を背景に、AIによる診断支援や業務効率化への期待が高まっています。
画像診断支援AIの活用が先行
画像診断支援AIは、医療AIの中でも特に実用化が進んでおり、CT・MRI・X線画像から疾患や病変を自動検出することで診断精度を高めています。医師はAIの解析結果をもとに最終判断を行う「協働型医療」が広がり、経験に依存しない再現性の高い診療が実現しています。これにより、放射線科医の負担軽減や人手不足の解消にもつながっています。このように、画像診断支援AIは医療DXを先導する重要な領域として位置づけられています。
活用は広がっているものの現場での導入率は低い
画像診断支援AIは高い期待を集めている一方で、国内医療現場での導入率は低いのが現状です。日経リサーチの調査によれば、AI医療機器を導入していない医療機関は72%に及び、最も導入率の高い画像診断支援でも13%にとどまります。
AI導入を見送る主な理由として、以下の点が挙げられています。
- AIへの信頼:生成されるデータが本当に正しいのか疑問
- 費用対効果不透明:導入効果が見えない、費用対効果が低い
- 導入・運用へのノウハウ欠如:AI導入後の運用体制や技術サポートが不安
- 保険適用の制約:AI機器の保険収載に対するコスト負担
こうした背景が足枷となり、理論的には普及が期待される画像診断支援AIであっても、導入には高いハードルがあると言えるでしょう。
丸紅株式会社とEnlitic社のAI医療画像診断システムがもたらす可能性
丸紅株式会社とEnlitic社が手掛けるAI医療画像診断システムが、日本の医療現場が抱える構造的課題を解決する可能性を秘めています。放射線科医の不足や診断負担の増大といった問題に対し、AIは新たなソリューションで対処することが期待されています。
診療における意思決定をサポート
AI医療画像診断システムは、医師の診療判断を支援する「意思決定支援ツール」としても大きな価値をもたらします。医療画像に潜む異常やパターンを高精度で検出することで、見落としがちな病変の早期発見を助け、診断の客観性と一貫性を高めることが可能です。
また、電子カルテや検査履歴といった関連情報を統合的に参照し、治療方針の策定にも役立ちます。複雑な症例や判断が難しいケースにおいて、AIの解析結果は「第2の意見(セカンドオピニオン)」として医師の判断を補強します。
丸紅株式会社が展開するEnlitic社のAIシステムは、医師の経験値とAIの客観的知見を融合させる意思決定支援基盤として、診療の質を次の段階へ引き上げる革新的な技術となるでしょう。
遠隔診療・リモートモニタリングを実現
丸紅株式会社が提供するAI医療画像診断システムは、情報共有を円滑化し、遠隔診療やリモートモニタリングを実現する技術としても注目されています。医療専用の閉域ネットワークを活用した実証事業に参加した経験を踏まえて、セキュアな通信環境のもとで高精度な画像解析を運用できる体制を整えます。
AIによって画像データの標準化と匿名化が自動的に行われることで、医療機関間で患者情報を安全に共有できるようになります。これにより、診断結果の即時フィードバックを可能にし、地域格差のない医療体制が構築されます。
また、AIが継続的に画像データを解析することで、リモートモニタリングでも早期に検知できるシステムを実現できます。患者の経過観察や再発リスクの監視を効率的に行うことができ、慢性疾患や高齢者医療の分野でも大きな効果が期待されています。
まとめ:デジタルヘルスケアの発展を進める
丸紅株式会社とEnlitic社によるAI医療画像診断システムは、人材不足や業務負担、診断精度のばらつきといった構造的課題に対して革新的な解決策となり得ます。商社としての幅広い医療ネットワークを生かし、医療機関・製薬企業・海外市場を結ぶエコシステムの形成を進めています。
一方で、現場導入の課題である費用対効果や制度面の整備も、今後の焦点になります。AIを信頼して活用するためには、説明可能性(XAI)やセキュリティの確保、倫理的な運用体制の構築が欠かせません。
Enlitic社の技術と丸紅の事業力が融合することで、日本の医療DXは新たな段階に進むでしょう。AIを医療の補助ではなく「共創のパートナー」として位置づけることこそが、デジタルヘルスケアの次なる進化を切り開きます。



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