L’Oreal Beauty Genius|ROI2倍実現のAI導入事例

「商品が多すぎて選べない」と感じる消費者は70%を超え、カートに入れたまま買わずに離れる人も70%います。ロレアルはこの問題に、エージェンティックAI(自律的に学習し行動するAI)で挑みました。

2024年に米国で始まったBeauty Geniusは、40万件以上のやり取りを通じて顧客を理解し、一人ひとりに合った提案ができるようになっています。16PB(約1,600万GB)のデータと15万件の専門家による検証画像をどう活かしたのか、2026年のWhatsApp展開まで続く戦略を見ていきます。

目次

70%が諦めていた選び方をAIが変えた

2024年に始まったBeauty Geniusは、エージェンティックAIを使った美容アドバイザーです。商品が多すぎて選べないと感じる人や、カートに入れたまま買わない人が多くいるという課題がありました。

ロレアルは、過去のやり取りを記憶し、季節や環境に合わせて提案できるAIで挑みました。作業を効率化するだけでなく、お客様一人ひとりに寄り添う体験を作り直す戦略です。

選択肢が多すぎて買えない|70%が離脱する理由

現代の美容市場では、商品の選択肢が増えすぎたことが問題になっています。消費者の7割以上が「選択肢が多すぎて疲れる」と答えており、選択のパラドックスと呼びます。自由があるのに、かえって決められない状態です。

この問題は、売上に直結します。オンライン買い物客の7割近くが、購入手続きを完了する前にカートを放棄して、数十億ドルの逸失利益になっていました。従来のウェブサイトでは、自分に合う製品を見つけるのに平均6分もかかっていました。

さらに、COVID-19後の返品率です。店頭で試せなくなった影響で返品率が20%を超え、「色が違った」「肌に合わない」といった声が増えました。放置すれば、お客様の信頼を失い、会社の収益も大きく減ります。

37ブランドのデータ分断と「誰にも相談できない」悩み

ロレアルは37のブランドを150カ国で展開していますが、組織的な課題もあります。各ブランドがバラバラのデータ基盤を持っていたため、お客様全体の傾向をつかめず、ブランドをまたいだ分析や新商品開発が非効率でした。

もう一つの課題が、消費者の心理です。デリケートな悩みを誰にも相談できず、購入前の不安が離脱の原因になっています。

  • 「ニキビ跡」「薄毛」「敏感肌」といった相談しにくい悩み
  • 店頭では人目が気になる
  • オンラインでは誰に聞けばいいか分からない

解決には3つの条件が必要でした。24時間365日アクセスでき、実店舗の専門アドバイザーと同じ知識を持ち、プライバシーが守られる環境です。Beauty Geniusは、製品販売中心から顧客体験中心のモデルへ移行させる役割を担っています。

従来型AIとは何が違う?ロレアルが選んだ技術

引用元:Perfect Corp.技術解説ブログ

ロレアルが使うエージェンティックAIは、従来型AIと違います。過去の会話を覚え、季節や環境に合わせて提案を変え、長期的な目標達成まで進めます。

この仕組みを支えているのが、15万件の専門家による検証画像と16PB(約1,600万GB)という膨大なデータです。競合がこれだけのデータを集めるには何年もかかるため、簡単には真似できない強みになっています。

過去を覚え、季節に適応する|4つの自律機能

エージェンティックAIが従来とは違うのは、お客様との関係を長期的に築く4つの能力を持っている点です。ロレアルはMicrosoft Azure OpenAI Service(MicrosoftのクラウドサービスAzure上で使えるOpenAIの技術)上でGPT-4oを活用しながら、自社の美容データと組み合わせました。

能力機能具体例
Memory(記憶)過去の診断結果や購買履歴を保存前回「乾燥肌」と診断されていれば次の提案で活用
Context(文脈保持)季節や環境変化に適応冬は保湿重視、夏は紫外線対策を優先
Proactive Guidance(積極的な案内)製品残量を推定して再購入を提案お客様が忘れる前にAIから声をかける
Goal-driven Support(目標達成支援)肌質改善など長期目標を追跡3ヶ月後、6ヶ月後の変化を記録して提案を調整

Azure OpenAIのGPT-4oが会話や推奨の生成を担当し、ロレアルの美容データをAIが学習しています。

従来型AIは「今日の質問に答える」だけでした。エージェンティックAIはCLV(一人のお客様が生涯を通じて企業にもたらす利益)を最大化し、何年も続く関係を築くパートナーです。

3層構造と16PB|競合が真似できないデータの壁

Beauty Geniusの技術は、3つのAIを組み合わせた構造になっています。

レイヤー役割技術基盤
L1診断AI自撮り1枚で肌状態を10項目診断15万件の専門家による検証画像で学習
L2生成AI自然な会話と個別ルーチン作成Microsoft Azure OpenAI(GPT-4o)。750製品以上から最適な組み合わせを生成
L3エージェンティックAIL1とL2を統合し、長期的な顧客価値を最大化記憶・文脈認識・目標達成を自律実行

診断AIは2018年に買収したModiFace(拡張現実とAI技術を使った仮想試着の開発企業)の技術をベースに、15万件の専門家による検証画像で学習しています。会話生成にはMicrosoftのAzure OpenAIを採用し、この2つを統合してエージェンティックAIとして動かしています。

これを支えるのが、16PB(約1,600万GB)という膨大なデータです。400万以上の顔スキャン、40万件の会話ログ、そして15万件の専門家による検証画像が蓄積されています。競合がこれだけのデータを集めるには、何年もの時間と膨大なコストがかかり、簡単に再現できません。

カート追加37秒、購入率2倍|数字で見る導入効果

AI導入で状況が変わりました。カートに商品を入れる時間が6分から37秒に短縮され、実際に購入する人も増えています。

また、仮想試着の利用が年間1億回に達し、消費者の習慣となってきました。「商品が多すぎて選べない」という状態から、「信頼できるアドバイザーに相談しながら選ぶ」という行動に変わりました。

6分→37秒|購買効率89.7%向上の内訳

Beauty Genius導入による成果を、数字で見ていきましょう。

指標導入前導入後改善率
カート追加時間平均6分37秒89.7%削減
コンバージョン率基準値2倍+100%
返品率約20%12%▼8ポイント
平均購買単価(米国)41ドル57ドル+39%
キャンペーン制作時間4-6週間数時間90%削減

特にカート追加時間の短縮です。AIが個別に最適な商品を提案することで、「どれを選べばいいか迷う」というストレスが減りました。この結果、コンバージョン率(実際に購入する人の割合)も2倍に上がっています。

返品率も改善しました。AIの診断精度が高いため、「色が違った」「肌に合わない」といった失敗が減りました。

年間1億回の利用の変わった消費者の行動習慣

数字だけでなく、消費者の行動も変わりました。仮想試着の利用は2022年から2023年にかけて150%増え、Beauty Geniusの会話数も米国で本格展開して以来40万件を超えました。日常的に使われるようになっています。

診断体験後の購入率でも変化が分かり、肌診断やバーチャル試着を体験した人の最大70%が製品を購入しています。

この変化は、競合には真似できないデータです。40万件の会話には、普通の市場調査では聞けない「デリケートな悩み」や「本音の相談」が詰まっています。AIが学習するほど精度が上がり、上がるほど利用者が増え続けることが、ロレアルの強みです。

3年かけた段階導入し失敗を避けた5ステップ

ロレアルのAI導入は、いきなり全社に広げず、段階を踏んで進めました。2021年からデータ基盤の整備を始め、2024年米国で本格展開しています。途中でデータの偏り、個人情報保護、AIの間違った回答という問題に直面しましたが、それぞれ対策を立てて解決しました。

効果を確認しながら進めたステップ

ロレアルは2021年から2024年にかけて、効果を確かめながら5つのステップで進めました。

ステップ期間主な取り組み
Step 1:データ基盤統合2021-2023年「One L’Oréal」プロジェクトで37ブランドのバラバラだったデータを統合。顧客管理システム(CRM)、商品情報、ECサイトの記録を一元化。
Step 2:独自知識グラフ構築2021-2023年750製品×200成分×5,000論文のデータをAIが理解できる形に変換。6,000枚の多様な画像で肌色・髪質の偏りを防止。
Step 3:Azure環境構築2023年Microsoft Azure OpenAI Serviceで固定料金と従量課金を組み合わせ。応答時間5秒未満を保ちながらコスト最適化。顔画像即時削除でGDPR対応。
Step 4:対話設計と精度向上2023-2024年40万件の会話ログで自然な対話を設計。信頼性スコア0.7未満は人間が確認する仕組みを導入。
Step 5:法務検証2024年EU AI Act(欧州AI規制)とFDA(米国食品医薬品局)基準への適合を最終確認。

各ステップで小さな成功を重ね、問題が起きたらすぐに対策しました。この進め方が、大きな失敗を避け確実に成果を出すことにつながっています。特にStep 3のAzure環境構築では、2,000人が同時に使っても問題なく動くことを事前に確認し、本格展開への自信になっています。

導入中に直面した3つの課題と対策

AI導入は順調に見えましたが、実際には課題がありました。ロレアルはそれぞれに具体的な対策をして、信頼性を確保しています。

課題具体的な問題対策
データの偏り特定の肌色や人種の診断精度が低くなるリスク6,000枚の色々な画像を追加し、10名の皮膚科医が多層ラベリングを実施
プライバシーの懸念顔画像の保存による情報漏洩リスクAzure専用環境で顔画像を即時削除する「No-Storage Policy(保存しない方針)」を導入。GDPR(EU一般データ保護規則)を完全準拠
AIの間違った回答誤った美容アドバイスで健康被害が出る可能性独自知識グラフ+信頼性スコア導入。スコア0.7未満は人間の専門家がレビュー

特にデータの偏り対策が重要です。最初のテストでは、アジア系や黒人の肌診断の精度が低いという問題が見つかりました。そこで世界中から肌色・髪質のデータを集め直し、10名の皮膚科医が一つひとつ確認する作業を行いました。

プライバシー対策では、顔画像を一切保存しない仕組みを作りました。診断が終わった瞬間に画像は削除され、AIが学習に使うことはありません。徹底した姿勢が、消費者の信頼獲得につながっています。

一度きりから生涯へ 2026年WhatsApp統合

ロレアルのAI戦略は、2026年にMetaと組み、Beauty GeniusをWhatsApp上で使えるようにします。

WhatsAppは世界で20億人が使うメッセージングアプリです。わざわざウェブサイトを開かず、普段使っているアプリでチャット感覚で気軽に相談できます。

もう一つが、Agentic Consumer Care(自律的に顧客をサポートするAI)です。以前の「質問に答えるだけ」から、「使用期間全体を見守るサポート」へ変わります。製品の残量を予測して「そろそろ新しいのが必要ですね」と声をかけたり、季節の変わり目に「今の時期は保湿を強化しましょう」と提案するのです。

R&Dへのフィードバックも始まっています。40万件の会話から集まった顧客の声を製品開発に活かし、本当に求められている商品を作ります。IBMと進めている持続可能な原料開発では、2030年までにCO₂排出量を30%削減を目標にしています。

Beauty Geniusの技術は、ロレアルグループ内の他ブランドにも広がる予定です。一度きりの買い物ではなく、何年も関係を築く長期戦略が動き始めています。

まとめ

ロレアルのBeauty Genius導入から学べるポイントは以下の5つです。

  • 自分で考えて行動するAI
  • 真似できないデータ
  • 段階的な導入
  • 3つの課題を解決
  • 投資効果は2倍

ロレアルの成功は、最新技術だけではありません。顧客の本質的な課題に向き合い、少しずつ進め、倫理を優先した結果です。2026年のWhatsApp統合で、一度きりの買い物から何年も続く関係へ変わります。

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