2025年4月にHonda(本田技研工業)は、「マルチエージェント型生成AIシステム」を開発しました。Hondaならではの特徴があるシステムは、世界的AI会議での評価を獲得しています。
本記事では、マルチエージェント型生成AIシステムについてや、Hondaが開発した理由、導入するプロセスについて解説します。開発したことによるメリットや実績、今後の課題や将来展望についても紹介します。
Hondaがマルチエージェント型生成AIシステムを開発した理由

Hondaがマルチエージェント型生成AIシステムを開発した理由について紹介します。
Hondaがマルチエージェント型生成AIシステムを開発した理由は、以下の3点だと考えられています。
- 専門的な分野への対応
- 情報の整合性
- 多様な視点の不足
専門的な分野への対応
従来の単一AIやエージェントAIでは、専門的な分野への対応には限界があります。非常に専門的な分野や、複数の分野にまたがる複雑な問題に対応するためには、「マルチエージェントAI」の利用が不可欠です。
情報の整合性
Hondaでは、車載システムやモビリティサービス、製造工程などにおいて、多様で複雑な情報をリアルタイムで分析・判断する必要がありました。分析・判断するには、従来のエージェントAIのみでは限界があります。処理スピードや解釈の柔軟性に限界があり、より高度な情報の整合が求められていました。
多様な視点の不足
単一AIやエージェントAIは、多様な視点が足りていない場合があります。一つの視点からの回答になりがちで、さまざまな角度からの意見を統合するのが難しいと考えられています。一方、マルチエージェントAIは、あらゆる専門知識を持ったAIが協力し合う仕組みです。一つの視点だけではなく、多様な視点で判断できるシステムと言えるでしょう。
Hondaが開発したAI技術

Hondaが開発したAI技術は、「マルチエージェントAI」です。ここからは、「マルチエージェントAI」について深掘りし、Hondaならではの特徴についても紹介していきます。
マルチエージェントAIとは
マルチエージェントAIとは、自律的に思考して行動するエージェントAIを複数組み合わせ、各エージェントの分担・協働によってタスクを遂行する仕組みです。各エージェントAIがそれぞれ情報を共有し、協力してユーザーの指示を理解し、共通の目標を達成します。
単体のエージェントAIよりも効率的に複雑な課題を解決できるため、幅広いシーンでの活躍が期待されています。
エージェントAIとの違い
マルチエージェントAIとエージェントAIの違いは、以下の表の通りです。
| マルチエージェントAI | エージェントAI | |
| 仕組み | 複数のエージェントが相互連携して、タスクを分担する | タスクを単独で遂行する |
| 特徴 | 専門性を持ったエージェントが協力しあい、複雑なタスクを処理する | 特定のタスクや役割に特化している |
| 適した用途 | 適応性や回復力、自律的な意思決定などが求められる複雑なタスク | 予測可能性と制御が求められる反復タスク |
上記の表から分かるように、エージェントAIは例えるのであれば、1人でタスクを完了させる「職人型」のようなAIです。一方、マルチエージェントAIは、役割分担してタスクを完了させる「プロジェクトチーム型」と言えます。
Hondaならではの特徴
| 特徴 | 内容 |
| 動的知識統合機能 | 各エージェントAIが文脈を分析し、必要な知識を専門データベースからリアルタイムで取得できる。 |
| 4種類の連携アーキテクチャ | 分散型、集中型、層別型、共有プール型といった4種類を、タスク内容によって使い分けできる。 |
| ワイガヤ型議論文化の反映 | 多様な視点をぶつけ合いながら合意形成を図る、日本的チームワークを模倣している。 |
| 多様性と品質の両立 | 複数の仮説を生成し、最終的な出力の多様性と精度の高さを両立できる。 |
特に、Honda独自の文化である「ワイガヤ」を反映した点は、Hondaならではの大きな特徴と言えます。「ワイガヤ」は、自由闊達な議論を通じて、独創的な考え方や解決方法などを見つけ出す企業文化です。社員同士が率直な意見をぶつけ合うには、Hondaにとって欠かせない手段とされてきました。
マルチエージェント型生成AIシステムを導入するプロセス
マルチエージェントAIは強力なツールである一方、適切な運用体制が整っていない場合、想定通りの効果を発揮できない可能性があります。導入するにあたって注意するべきポイントは、以下の通りです。
| 注意するポイント | 確認するべき内容 |
| 利用目的 | 業務を効率化できるか、分析支援ができるかなどといった用途の整理 |
| 対象業務の選定 | 初期導入の際は、スモールスタートが理想的 |
| エージェント構成の設計 | 分担構造と連携ルールを定義しているか |
| 人間による確認ポイントの設計 | 品質保持や信頼を確保するためには重要なポイント |
| セキュリティ対策 | 特に、外部データに接続するときや生成AIを利用するときのセキュリティ対策が万全であるか |
| 継続的な評価体制 | 実績のモニタリングと改善サイクルの設計がされているか |
マルチエージェントAIを導入する場合は、目的や対象業務を選定し、ルールや構造を定義しておく必要があります。また、外部データに接続する場合は、セキュリティ対策は不可欠です。
Hondaが提案したマルチエージェント型生成AIシステムは、「DynamicKnowledgeIntegration」という概念を軸にしています。各エージェントAIが会話の文脈を読み取りながら、動的に知識を更新・統合する構造を採用しています。
マルチエージェント型生成AIシステム開発によるメリットや実績

Hondaがマルチエージェント型生成AIシステムを開発したことによるメリットや、実績は以下の3つです。
- 業務の効率化
- 変化への柔軟な対応
- 世界的AI会議での評価の獲得
業務の効率化
Hondaは、「マルチエージェント型生成AIシステム」を開発したことによって、同一のタスクに対するアウトプット精度が、単一エージェントAIよりも15〜23%向上しました。また、出力の一貫性・安定性においてもばらつきが30%以上低減し、複雑なコンテンツ理解や企画提案タスクでの優位性が実証されました。
変化への柔軟な対応
「マルチエージェント型生成AIシステム」は、環境の変化に柔軟に対応し、自律的に行動する力を持っています。エージェントAIを追加・変更することも可能で、システムの性能を継続的に向上できます。大規模なビッグデータ処理や、グローバル展開などにも対応できるでしょう。
世界的AI会議での評価の獲得
2025年4月、Hondaが発表した「マルチエージェント型生成AIシステム」に関する研究論文が、「ICLR 2025 Workshop Agentic AI」で採択されました。「ICLR 2025 Workshop Agentic AI」は、機械学習や深層学習の分野におけるトップレベルの国際会議です。
「マルチエージェント型生成AIシステム」は、実際の開発現場のプロセスを活かして、専門性を持ったLLM(大規模言語モデル)を使い課題解決を行います。従来の単一エージェントAIと比較すると、背景情報や解決手法に関する内容の生成精度や出力の安定性などに優れている点が、「ICLR 2025 Workshop Agentic AI」にて評価を獲得しました。世界的AI会議での評価を獲得したことで、自動車業界におけるAI活用の可能性がさらに注目されています。
今後の課題や対策
マルチエージェント型生成AIシステムの今後の課題と対策は、以下の表の通りです。
| 今後の課題 | 対策する内容 |
| 技術面・システム面 | ・システム制御が困難 ・ブラックボックス化する可能性 ・システム全体の品質保証 |
| セキュリティ面 | ・不正アクセスやハッキングへの対策 ・論理的行動の確保 ・プライバシー侵害のリスク |
| 導入・運用面 | ・導入 ・運用にかかるコスト ・責任の所在 |
Hondaの将来展望
Hondaの将来展望は、以下の2つです。
- より迅速で革新的な開発プロセスの実現
- 社内制度「Gen-AIエキスパート制度」を開始
より迅速で革新的な開発プロセスの実現
Hondaが開発した「マルチエージェント型生成AIシステム」は、開発現場における専門性の異なるエンジニア同士の議論を、AIエージェントによって模擬・支援することが可能です。専門分野に特化した知識を持った各AIエージェントが、他の分野と連携しながら合意形成を進めていくこのアプローチは、従来のすり合わせのプロセスを、より効率的かつ高度に進化させる可能性を秘めています。
以上のことを踏まえ、今後は実際の開発プロセスへの応用を視野に入れています。より多くの専門分野に対応したAIエージェントの設計や、実業務での適用検証を進め、順次社内展開していく予定です。これにより、より迅速で革新的な開発プロセスの実現が期待できます。
社内制度「Gen-AIエキスパート制度」を開始
Hondaは、ビジネス環境における生成AIの急速な普及に対応するため、社内制度「Gen-AIエキスパート制度」を開始しました。開始したきっかけは、Hondaの社内AIコミュニティを創出した一人の社員による提案です。
「Gen-AIエキスパート制度」は、これまで社内に点在していた生成AIエンジニアを、3段階のレベルで認定します。認定された生成AIエンジニアは、専任もしくは現在の業務と兼任して、会社が指定する生成AIプロジェクトに従事します。
「Gen-AIエキスパート制度」による目標は、認定されたHondaの社員たちがさまざまな部署で成果を出し、適切な評価を受けられる環境を作ることです。また、Honda全体で生成AIエンジニアを最大限に活用できるマネジメント体制を作り上げていくことも、今後の目標のひとつです。
まとめ
Hondaが「マルチエージェント型生成AIシステム」を開発した理由は、従来の単一AIやエージェントAIでは、専門的な分野へ対応できなかったり、情報の整合性がとれなかったりするためです。上記の点を補うため、マルチエージェントAIを活用したシステムを開発しました。
Honda独自の文化である「ワイガヤ」を反映した「マルチエージェント型生成AIシステム」を開発したことで、業務の効率化や、変化への柔軟な対応を実現しています。また、世界的AI会議での評価も獲得したことから、注目を集めています。
今後は、より迅速で革新的な開発プロセスの実現が期待されているだけではなく、「Gen-AIエキスパート制度」によるマネジメント体制の構築も行っていく予定です。


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