災害の記録を未来へ―減災伝承AIがつなぐ記憶と教訓―

2011年の東日本大震災を契機に、2010年代半ばから後半にかけて本格的に情報の力で災害に対抗する「AI防災」の考え方が広まりました。 最近では、「減災」という観点からもAIを活用する動きが広まっています。

この記事では、静岡大学と中央大学が共同で研究を行い開発した「減災伝承AI」を中心に防災と減災におけるAI活用についてご紹介します。

目次

防災と減災

阪神淡路大震災や東日本大震災をきっかけに、「防災」という言葉は社会の中で広く浸透し、私たちの生活に深く根づいていきました。いまや防災は、特別な取り組みではなく、日常の中に当たり前に存在する考え方となっています。

「防災」と同時に重要になるのが「減災」です。「減災」とは、災害による被害を完全に防ぐことはできないという前提に立ち、災害が発生した際に、被害を最小限に抑えるために事前に備える取り組みのことです。防災が「被害をゼロにする」ことを目指すのに対し、減災は「ある程度の被害を想定して、被害をできるだけ少なくする」ことを目指し、事前対策を重視する考え方です。

防災・減災のどちらも内閣府の総合科学技術・イノベーション会議が推進する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」でも国家レジリエンスの強化として研究開発が推進されています。

減災伝承AIとは

減災伝承AI」は静岡大学と中央大学が共同で研究を行い開発されたシステムです。

「災害の記憶や記録の伝承に生成AIを活用する取組です。日本の各地で作成されている災害記録誌や地域防災文書を収集し、発災時に何を注意するべきか市民・行政双方の立場に役立つようにする試みです。記録誌のデータを抽出してベクトルデータベースに登録し、Retrieval-Augmented Generation(RAG)により発災時に注意すべき情報を提示します。」(引用:中央大学松崎研究室)減災伝承AIは民俗学や社会学の専門家から助言を受け、その土地に根ざした伝承のあり方を模索しながらデータを作り上げていっています。

実例としては、西伊豆町の災害の記録など約100件のデータをまとめ、周辺の伝承の記録と避難所の情報が出てくるようになっているとのことです。また、最寄りの避難所までの経路を検索したり、AIが加工した画像とともに訓練のシナリオを作ったりすることが可能になっています。

現在は、実際に被災した住民の声を取り入れながら、実用に向けて検証が進められています。

防災におけるAIの役割

AIで膨大なデータを分析することで、災害の予測や対策だけでなく、災害発生時の対応に活用したり、人間が対応できない業務を代わりに行うことも可能です。

実際に、災害時の以下のようなシーンにおいてAIは活用されています。
・チャットボット、音声アシスタント、翻訳
・医療を受ける際の診断・提案・サポート
・衛星やドローンを使った災害情報とその発信  

地震や洪水の発生時などにセンサーやカメラの情報をAIで迅速に解析することで、災害が発生したあとの状況を瞬時に把握し対応を行うことが可能です。初期対応を迅速に行うことで二次被害を防ぐ、または最小限に抑え込むことも可能になります。人の手が届づらく、状況がわからない場所などはドローンなどを使うことで被害の状況を詳細に把握することができます。また、被災した人々のケアに関しても、有限である人の力で行うには限界があるため、自動音声やAIによる相談を活用することで、24時間365日での対応が可能になり、被災した人々の早期の生活復旧にも役立ちます。

ただし、その活用が進む一方で、AIの能力や運用にはまだ多くの課題が残っています。たとえば、大量のデータを処理するAIには、セキュリティ管理が困難であるというデメリットがあります。情報漏洩や不正アクセスから防災システムを守るためには、厳重なセキュリティ管理が不可欠です。災害時は周りの混乱に乗じて別の犯罪や事件が起こるリスクも高いため、マニュアル作りや運用に関しての決まりをしっかりと作っておくことが必要になります。また、現時点でのAIの信頼性には未だ不透明な部分があり、その判断がどの程度正しいかは必ず人の目を通して行うことが重要になってきます。そして、AIを利用するための通信環境の確保も重要な課題の一つです。電線等が切れて通信が行えない状況になることは十分に考えられることのため、通信状況が不安定な場合に備え、オフラインでも災害情報を共有できる仕組みを整えておくことや、誰もが利用できる場所に端末を設置しておくこなどの対策を検討する必要があります。

まとめ

今回は、AIを活用した防災・減災の取り組みについて紹介しました。災害時のデータ解析や予測においてAIへの期待は高まっていますが、過去の記録や被災状況を正確に収集・整理すること、そしてAIが導き出す提案をどのように判断し実行するかは、最終的に人の意思と判断に委ねられることがわかりました。今後、AIの精度が上がっていくことで、これらも少しずつ信頼性の高いものになり、災害時の力強い味方になっていくと考えられます。

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