焼けた巻物から未解読文字まで:AI古代解読最前線

AIは未来を予測するための道具として語られがちですが、いま、その計算能力は時間を逆行し、数千年の沈黙を破るためにも使われ始めています。人とAIがそれぞれの知識と技術を持ち寄り、古代の謎へと挑む——そんなロマンに満ちた時代が、すでに幕を開けているのです。

この記事では、最先端のAI技術が人の限界を超えて古代文書を読み解くという事例について紹介します。

目次

近年、AIを語るとき、その技術はしばしば“未来を創造する力”として描かれます。実際、AIは新しい価値や可能性を切り開く方向で発展を続けているのも確かです。しかし、AIは未来のみならず、過去の私たち人間の歴史についても読み解く手伝いをしてくれています。では、その手伝いとはいったいどのようなものなのでしょうか。

古代文書解読においてAIが担っているのは、「理解」ではなく「構造の発見」
AIは人間が気づきにくい規則性を教えてくれます。これらをAIに任せ、最終的な解釈や歴史的文脈の検証は研究者が行うといった「協働モデル」が、現在の古代文書解読において主流となってきています。

・微細な視覚パターンの検出
・文字出現頻度の統計分析
・文法的規則の推定
・画像とテキストを横断するマルチモーダル解析

これらの処理を行うことを通して、文書自体の構造を発見し、私たち人の目に見える形でそれを教えてくれるのです。

このような古代文書解読の研究は、単なるロマンではなく、破損データの復元、劣化した記録媒体の読み取り、デジタルアーカイブの保存技術など、現代社会の情報保全にも応用が可能なのです。数千年後、もし未来の研究者が私たちの壊れたサーバーや破損した記録媒体を発掘したなら、彼らも同じような技術やそれ以上の技術を使い「現代」を復元するかもしれません。
AIは未来を切り拓く技術であると同時に、時を越えて人類の記憶を保存・再認識するための技術でもあるのです。
読めなかったものが読めるようになるとき、人類の歴史は書き換わります。今まさに、その最前線に人と共にAIという存在がいます。

では、実際に人とAIによってどのような研究が進んでいるのでしょうか。

古代文書解読の最前線

人類の歴史は膨大な文字として残されてきましたが、、未だに読めない文書が数多くあります。炭化して物理的に開けない巻物、バラバラに分かれた断片、判別が難しい筆跡、これらは長い間、人類学者や言語学者の“未解決問題”でした。しかし現代、AI(人工知能)技術がこれらの壁を破ろうとしているのです。

ここからは、炭化した巻物から聖典まで、古代文書解析の最前線をご紹介します。

◇ヘルクラネウムのパピルス

ヘルクラネウム・パピルス。巻物状態で保存されているもの(左)と断片(画像:scrollprize.org)

2023年、この巻物の解読をめぐり、「ベスビオ火山チャレンジ」というコンペが開始されました。2019年にケンタッキー大学のコンピューター科学教授であるブレント・シールズらが巻物解読研究を進める中で、投資家らも協力をするかたちとなり、このようなコンペが立ち上がりました。
解読すると賞金がもらえるということで発表されると同時に話題になりました。

ヘルクラネウムのパピルスとは?
西暦79年、ヴェスヴィオ火山の噴火によって町ごと埋もれたポンペイという町がありました。その近郊のヘルクラネウムに関する研究において、多数の巻物が発見されましたが、それらは高熱で炭化し、触れれば崩れる状態になっていました。
開けば壊れる。だが開かなければ読めない。このジレンマが、およそ2000年もの間人々を悩ませてきました。

長く研究者を悩ませてきたこのパピルスですが、ある技術の登場によって状況は大きく動き始めました。

それが、AIです。

AIを使うにあたり、研究者たちは巻物を開くのではなく、X線CTスキャンで内部構造を三次元的に撮影し、機械学習でインクの痕跡を検出するという方法を採用しました。炭化したパピルスとインクのわずかな密度差をAIが識別し、巻物を「仮想的に展開」するという方法です。これらの技術を組み合わせて使うことで、物理的に開かなくても“バーチャル開封”が可能になります。この技術は単なる画像処理ではなく、機械学習モデルがインクと基材の密度の違いを学習し、文字として認識できる情報をピクセルレベルで検出することで、これまで可視化できなかった文字列を“浮かび上がらせる”というものです。シールズ教授らが自身の研究チームが開発したこれらのデータと手法をオープンソース化し、世界中の研究者やエンジニアに呼びかけを行うことで、研究に飛躍的な成果をもたらしました。 

賞金の結果は、というと、同年中に米ネブラスカ大学でコンピューター科学を専攻する学生ルーク・ファリター氏がCTスキャン画像とAI(機械学習)を用いた「仮想開腹(Virtual Unwrapping)」技術により、「πορφυρας(porphyras)」(purple(紫、または紫色の染料・布))という言葉を初めて解読しました。ファリター氏には4万ドルのファーストレター賞が贈られました。

引用:Vesuvius Challenge

そして同時期に、ベルリン自由大学の大学院生ユセフ・ネーダー氏がファリター氏と同じ単語をさらに明確な形で解読することに成功しました。この結果を受けて、インクの信号に関する理解を深めることにもつながったとのことから、1万ドルのファースト・インク賞が贈られたとのことです。

引用:Vesuvius Challenge


シールズ教授は、発表文で巻物の内容全体は解読可能だと確信したと語りました。また、「このような才能あるチームが協力し、解読することは新たな領域への第一歩だ」とも語っており、今後の研究の成果にも期待が高まります。

一部の文字列読み出しに成功したという段階ながら、AIを駆使することで古代文書研究のパラダイムを変えつつある研究結果です。

もっと知りたいー参考資料
「ベスビオ火山チャレンジ」で初の賞金
ベスビオ火山噴火で炭化した巻物、文章を初めて解読 断層撮影やAI駆使
ベスビオチャレンジ


◇ミノア文明の「線文字A」

AIの挑戦は、物理的に読めない文書だけではなく、言語そのものが未解読のケースにも広がっています。

ミノア文明の「線文字A」とは?
紀元前18世紀〜前15世紀頃にクレタ島のミノア文明(ミノス文明)で使われたと考えられている、未解読の音節文字です。イタリアの考古学者であるルイジ・ペルニエにより、1908年にクレタ島のファイストス宮殿の地下室から45種類の絵文字が螺旋状に押印された円盤が発掘されました。この円盤に記載されているのが「線文字A」です。線文字Aはミノア語単体で構成されており、多言語のようにギリシャ語やラテン語などから派生していないと考えられるため、言語解読の手掛かりがないことが大きな壁となっています。

従来、この研究では人間の言語学者が文字の頻度や構造を地道に分析してきました。しかし、言語としての手掛かりが極めて少ないため、研究は長らく難航していました。そこにAI技術の発展が加わり、現在ではAIが膨大な出現パターンを解析し、文法構造の仮説を生成するアプローチが進められています。

2024年から2025年にかけて、メルボルン大学や西安交通リバプール大学(XJTLU)などの研究チームが、ディープラーニング(深層学習)や機械学習を用いて線文字Aの解析を進めています。2025年2月、新たな計算アプローチを用いた論文が発表されるなど、研究は進んでいますが、現時点では「完全な解読」には至っていません。

線文字Aの記号がどのように組み合わさり、どのようなコンテキスト(場所、物品、目的)で使われているかという、複雑な統計パターンを高速に解析するパターン解析や考えられる様々な未知の言語を当てはめる「総当たり」の解析手法を試すブルートフォース・アタック(総当たり攻撃)など、様々な手法が試されている最中です。

AIは、これまで人間が数十年かけて行った手作業の分析をわずか数秒で実行し、隠されたパターンを見つけ出す役割を果たしています。2025年現在、決定的な解読には至っていませんが、AIの急速な発展により、近い将来、800年続いたこの謎が解明される可能性はかつてないほど高まっています。 

もっと知りたいー参考資料
深層ニューラルネットワークモデルを用いて線文字Aの解読を支援する(メルボルン大学)
AIはミノア線文字Aを解読できるか?
ナショナルジオグラフィック

◇死海文書の再評価

死海文書のように、数万点の断片に分かれた文書群の復元にもAIは活用されています。画像認識技術によって筆跡を識別し、同一人物が書いた可能性の高い断片を分類し、さらに形状や繊維パターンをもとに、物理的に隣接していた断片を推定するなどして解析を進めています。

死海文書とは?
1946年から1947年にかけて、死海の西岸に位置するクムランの洞窟で、ベドウィンの羊飼い3人が群れから離れた羊を探しているときに偶然洞窟を見つけ、その中から壺に入った巻物をいくつか発見したことに端を発します。これをきっかけに各所の研究者のもとに文書が回ったことから研究が始まりました。
それらの文書は、約2000年前の古文書で、羊皮紙やパピルスの巻物にヘブライ語、アラム語、そしてギリシア語で書かれています。11の洞窟で見つかった古文書は約800点にも及びます。その中身はというと、200点は旧約聖書の写本、600点は旧約聖書には含まれないユダヤ教の文書とされており、これまで誰にも知られていなかった未知のテクスト群でした。その中には世界の終末や財宝のありかを示す文書まで含まれていたといいます。

この死海文書に関して、近年、AIによる書体分析と炭素年代測定を併用することで、死海文書の一部が従来考えられていたより数十年〜100年ほど古い可能性が示されたのです。これは、オランダ・フローニンゲン大学のムラデン・ポポヴィッチと彼のチーム研究結果から明らかになった事実です。

研究に使われたのは、デジタル化された文字画像をAIに学習させ、既に確定した年代の文書の筆跡パターンとの類似性から未知の断片の年代を予測するという手法です。別件の研究では「Enoch」と名付けられたAIモデルを用い、数百の断片に対して高い精度の年代推定を行ったとの報告もあがっています。

引用:ABC

人文学とAIの融合は、ここに新たな可能性を生み出しており、数十年単位で人の手によって進められてきた作業が、AIの登場により加速度的に効率化されつつあります。

もっと知りたいー参考資料
新たなAI研究により、死海文書の年代が延長される
死海文書の新事実がAI技術で明らかに! 専門家は将来の実用化に期待
死海文書とは何か

◇その他
言葉そのものが途切れ途切れである場合、AIは欠損した部分の補完にも使われ始めています。それが、古代テキストの補完・復元モデル「Pythia」です。

引用:EleutherAI

DeepMindとオックスフォード大学が共同で開発した Pythia は、損傷した文字列を入力として受け取り、深層ニューラルネットワークの推論により欠けた部分を推測して出力するモデルです。遺跡から発掘される碑文や断片文字の復元にも応用可能で、古代ギリシャ語テキストなどの再構築にも実際に寄与しています。

人間が分析する前の“生の断片情報”を整え、研究者が解釈しやすい形で提供する役割を担っており、完全な意味理解ではないものの、構造やパターンから合理的な候補を提示するAI支援ツールとして機能しています。

AI技術の意味と限界

ここまで見てきたように、古代文書解析におけるAIは、決して「AIが単独で解読する」という意味ではありません。むしろ人とAIで以下のような役割分担が必要となります。

《AIの役割》
・視覚的・統計的なパターンの検出
・断片の分類・マッチング
・年代推定や構造の補完

これらはAIの強みであり、最終的な解釈や歴史的文脈の検証は人間の専門家が担うことになるでしょう。AIはその作業を加速すると同時に、従来の方法では見落としがちだった情報を顕在化させてくれるという重要な役割を果たしてくれます。

まとめ

古代文書解読におけるAIの進展は、技術史だけでなく人類史の理解そのものを深める可能性を秘めています。炭化した巻物の仮想開封、断片の分類・年代測定、欠損部分の補完、これらはすべて、人間が長年蓄積してきた知識とAIの計算能力の「協奏」であるといえます。

未来の研究者が今回の成果を足がかりに、まだ見ぬ古代の思想、宗教、社会をより鮮明に読み解く日はそう遠くない未来なのかもしれません。

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