世界で数百万人が受けている長期治療として知られる、”人工透析”。いま、 この領域においてAIが活用されているのはご存じでしょうか?
この記事では、「スマート透析」とも呼べる人工透析×AIの事例についてご紹介します。
人工透析とは・・・
1).人工透析は何をしているのか
人工透析というものを簡単に言うと、「血液をいったん体の外に出して、機械のフィルターで洗って、きれいにして戻す」という作業のことをいいます。
では、一体なぜこのような作業が必要になるのでしょうか。その理由は、腎臓の働きを理解することでわかってきます。
健康な腎臓は、毎日休まず「血液の中の老廃物(いらないもの)を取り除く」・「余分な水分を体の外に出す」・「体のバランス(塩分・ミネラル・血圧など)を整える」といった、体の中の“浄水場”のような役割を果たしています。しかし、さまざまな原因により腎臓の働きが大きく低下すると、老廃物や水分が体にたまり、命に関わる状態に陥ります。そこで腎臓の代わりに、 機械を使って血液をきれいにする治療= 人工透析(じんこうとうせき) が必要になるのです。
どのくらいの頻度で行うの?
一般的には週3回、1回あたり約4時間
腎臓が24時間働いているのに対し、透析は限られた時間でまとめて行うため、このくらいの頻度が必要になります。
2).人工透析の種類
・血液透析(HD) ー病院や透析施設で行う。血液を機械で直接きれいにする
・腹膜透析(PD) ーお腹の中の膜(腹膜)を使って自宅で行う方法
この2つが一般的に行われている人工透析の種類です。
3).人工透析はどんな人が受ける?
腎臓の働きが大きく低下した人(腎不全)の人が主な対象者です。腎臓の機能が大きく低下する要因としては、糖尿病、高血圧、腎臓の病気などさまざまな原因があります。

糖尿病や高血圧の増加、高齢化の進行により、その患者数は今後も増え続けると予測されている。一方で、透析医療は医療者の高度な判断と継続的なモニタリングを必要とする、極めて負荷の高い医療分野であり、患者にとっても、医療スタッフにとっても、透析は決して軽い治療ではありません。
世界の人工透析人口
世界全体の人工透析患者数(=腎代替療法として透析を受けている末期腎不全患者数)は、数年前の国際統計ではおおよそ「300~400万人規模」とされています。
《人工透析患者の内訳》
国際腎臓学会などのまとめでは、2016年時点で末期腎不全患者は約373万人。このうち透析の種類の内訳は以下のようになっています。
・血液透析:約265万人
・腹膜透析:約34万人
・腎移植後:約74万人
この数は年5〜6%程度で増加しているとされ、新興国(中国・インドなど)での伸びが大きいこともわかっています。
国際腎臓学会のレポートでは、高齢化・糖尿病や高血圧の増加・新興国での医療アクセス向上などから、2030年までに「透析を含む腎代替療法を必要とする患者数」は約540万人に達するとの予測があります。

「世界で透析を受けている人数」は、医療アクセスが乏しく透析にたどり着けない末期腎不全患者が多数いることや国・地域ごとの統計の精度差から、「実際に透析を受けている人数」と「本来透析が必要な人数」にギャップがあると考えられています。(「血液透析・腹膜透析の市場規模、2026年に1,051億米ドル到達予測」)
直近年の世界総数を正確にカバーする公開統計はまだ限られており、上記のような既存推計値と増加率からおおよそを把握する形になっています。
日本での人口は・・・
日本国内での人工透析患者数は、直近の統計では「約34万人強」という規模になっていると報告されています。
2022年末~2023年末にかけては横ばいからやや減少傾向とされています。かつては増加傾向が続いていましたが、2021年頃をピークに患者数はわずかに減少に転じたと報告されました。人口比でみると、おおよそ「国民約360〜380人に1人」が透析患者に相当し、日本は世界でも有病率の高い国とされています。
AIは透析医療の“どこ”に入り込んでいるのか
AIが活用されているといっても、現時点ではAIは透析装置そのものを完全自動化しているわけではありません。医師や看護師の判断を支援する“予測と最適化”の領域で活用が進んでいます。
1.治療パラメータの最適化
透析中は、血圧、除水量、血液中のカリウム濃度など、多数のパラメータが変動します。AIはこれらのデータを学習し、透析後のカリウム値予測・血圧低下リスクの事前検知・最適な除水量の推定の予測を行います。“不測の合併症を未然に防ぐ”ための補助ツールとして機能している、というイメージです。
2.合併症リスク予測
透析中に起きる低血圧や不整脈、貧血管理の最適化などもAI研究の対象となっています。膨大な臨床データをもとに、患者ごとのリスク傾向を予測するモデルが開発されています。透析は標準化された治療でありながら、実際には個人差が非常に大きいため、AIはその“個別性”を可視化する手段として期待されています。
3.遠隔モニタリングとデータ統合
人工透析人口の増加に伴い、在宅透析や地域連携の広がり、クラウド上でデータを統合して異常兆候をAIが検出する仕組みも進んでいます。
・AIシステムを使った在宅透析モニタリングの報道例(台湾)
台湾の病院では、人工知能(AI)を使ったモニタリングシステムを在宅透析に導入し、機械からの情報を集めてリスク監視・安全性向上を図る実例が報じられています。AIが機械から送られるデータを受け取り、異常サインを検出しながら安全管理を行っています。
・在宅透析のデータ共有・遠隔モニタリングの実例(腹膜透析)
自宅で行う腹膜透析(PD)において、治療データをインターネット経由で医療チームと共有し、遠隔でモニタリングや処方変更ができる仕組みが実際に使われています。このシステムでは、PD装置が収集したデータをクラウド経由で確認・共有し、異常時の対応やトラブルの早期発見を可能にしています。
透析治療が「その場だけの治療」ではなく、センサー・ネットワーク・クラウドを介した継続的データ管理の対象になりつつあります。そしてそれは、実証されたシステムや研究ベースの根拠があります。透析は「その場限りの治療」ではなく、「継続的なデータ管理医療」へと変化しているのです。
4.患者支援AI
AIによる患者支援は医療の各分野で進んでいますが、透析の分野でも重要な役割を果たしています。特に食事管理や生活指導においては透析治療の質を左右する重要要素されているため、チャット型AIや栄養管理AIが、患者の自己管理をサポートするといった事例も出てきています。
・AIベースのレシピ生成による栄養管理(透析患者向け)
ChatGPTを用いてAIレシピ生成ツールを透析(腹膜透析)患者に使い、栄養状態の改善に効果があったという研究があります。AIが患者に合わせたレシピを提示し、これらを指導に用いることで血清前アルブミン値が改善したと報告されています。
・AIによる栄養ケアと患者指導
慢性腎臓病患者の栄養ケアに関して、AI技術が個別化された食事指導や患者教育に貢献する可能性が報告されました。AIが栄養アドバイスの個別化、食事プラン作成、リスク予測や患者理解を支援し、患者教育支援や栄養リスク予測に活用の可能性が見いだされたとのことです。この研究では、タスクの自動化と電子医療記録との統合によって医療効率を向上させたとの結果も報告されています。
治療の現場だけでなく、患者の日常生活や透析に向き合うための支援にもAIが活用されていることがわかります。
世界での活用事例
◇フレゼニウス・メディカル・ケア

世界最大級の透析事業者であるFresenius Medical Care は、世界40カ国以上の透析データを統合した「Apollo Database Project(アポロ・データベース・プロジェクト)」を推進しています。
この大規模データベースを活用し、貧血治療薬や鉄剤投与量の最適化モデルなどを研究・実装。“データ駆動型透析”の代表例といえる取り組みを行っています。また、蓄積されたデータを使用して、AIモデル(アネミア・コントロール・モデルなど)を開発し、透析患者における貧血管理や、患者が入院する可能性を予測するなどの臨床的改善プロジェクトを15以上展開しています。 このデータベースは、腎臓病ケアの高度化を目指し、よりパーソナライズされた(個別化された)精密医療の実現を目指しています。
フレゼニウス・メディカル・ケアでは2023年にグループ全体のAI使用ガイドラインを作成し、倫理的な基準に基づいてAIアプリケーションを導入するためのワーキンググループが設置されたり、 2026年1月にはSAPと提携してAIを搭載したデジタル・プラットフォームの構築を発表するなど、安全で責任あるデータ利用を積極的に推進している企業です。
◇レナリックス・ヘルス・システムズ

2025年、レナリックス・ヘルス・システムズはインド初のAI搭載・クラウド連携機能付きのスマート血液透析装置「RENALYX – RxT 21」 を発売しました。
「RENALYX – RxT 21」はAIアルゴリズムやリアルタイムのリモート監視、臨床データ接続機能を備え、従来より安価で農村部の患者にも届きやすい透析治療を提供することを目指し開発されました。世界で6番目、かつインド初のAIベースのスマート透析機械とされ、欧州CE認証を取得する予定も報じられています。同社は現在、製造能力の拡大・コスト削減・リアルタイム臨床モニタリング機能の実装を進めています。医療アクセス格差が課題となる地域で、AIを“専門医不足を補う技術”として活用できるよう、取り組みを進めています。
◇米国の研究動向
米国では、透析中の急激な血圧低下(Intradialytic Hypotension)を予測するAIモデルの研究が進んでいます。また在宅透析とAIを組み合わせ、より安全な遠隔管理体制を構築する動きも見られます。
AIによる透析中低血圧(IDH)予測モデルの研究
約94万件の透析セッションデータを使用し、深層学習ベースのAIモデルを用いて、透析中低血圧(IDH)を正確に予測できたという研究論文で他の機械学習モデル(ランダムフォレストやXGBoost)と比較して高い予測性能を示したと報告されています。具体的には、前回と前々回の透析セッションデータなどを含めたAIモデルがIDH(イソクエン酸脱水素酵素)発生を予測し、臨床的に役立つ可能性を示しているという内容のものです。
この他にも、台湾の研究でも機械学習(XGBoostやRNN)を用いてIDH予測モデルが評価され、臨床データからの予測精度(AUROC 0.97以上)を示したという例が報告されています。
研究最前線ーこれからの課題とメリットー
まだ実験段階のAI
研究領域では、さらに踏み込んだ以下のような研究が行われています。
・深層学習による穿刺(カニュレーション)支援
AI技術を用いて血管や神経などの体内組織を超音波(エコー)画像などでリアルタイムに認識・解析し、安全かつ正確な針の刺入(穿刺)を補助する技術やシステムのこと。従来の「経験と勘」に基づく手技から、AIの画像認識技術を駆使した「視覚化・定量化」された手技への転換を目指す医療技術。
・透析導入前の腎機能悪化予測モデル
慢性腎臓病(CKD)患者が将来的に末期腎不全となり、血液透析や腹膜透析などの腎代替療法を開始する時期、あるいは腎機能が著しく低下するリスクを、過去の臨床データや機械学習アルゴリズムを用いて推測するツールのこと。
・個別化透析スケジュールの最適化
完全自律型の透析装置は現実的ではなく、AIはあくまで「補助判断システム」であり、最終判断は医療者が担うということが根本にあります。
AI透析のメリットと課題
《メリット》
・治療の標準化と個別化の両立
・医療スタッフの負担軽減
・合併症リスクの低減可能性
・データに基づく長期管理の強化
《課題》
・学習データの質と偏り
・医療機器としての規制承認
・医師の判断との責任分担
医療分野では「精度」だけでなく「説明可能性」も欠かせません。そのためには、機器の開発だけでなく、医療従事者自身がAIを理解し、適切に扱えるようになることが重要です。AIが組み込まれた医療機器をどのように活用し、どこまでをAIに委ねるのか――まさにそこが今後の大きな課題と言えるでしょう。
まとめ
AIが目指しているのは、透析の自動化でも透析を“置き換える”存在になることでもありません。そうではなく「予測型医療」への移行するためのサポートをしてくれる存在なのです。透析前にリスクを予測し、透析中の変動を事前検知、長期データから個別最適化を行ってくれるなどデータを基に医師や医療者をサポートする役目を担ってくれることは間違いありません。
さらに視野を広げれば、AIの腎症重症化予測によって、透析導入そのものを減らすことが可能になり、透析人口を減らすことで人間の健康維持に貢献をしてくれる可能性もあります。また、AIを活用することで、人的経費などを削減し安価な状態で様々な人に治療をいきわたらせることが可能になります。
AIを活用することで透析という長期治療を、より安全で、より個別化されたものへと再設計し始めているのが今の段階です。まだまだデータの積み重ねが必要ですが、地道に行っていくことで精度は高まり向上していくことは間違いないでしょう。
透析医療は今、その転換点に立っているのかもしれません。


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