AIを使ってハラスメント境界線トレーニング:富士通と東洋大学が犯罪心理学を取り入れて作るトレーニングとは

2020年代にSNSの普及とともにカスハラ(カスタマーハラスメント)が社会に広く知られるようになり、労働組合や政府も問題視するようになりました。そんな、カスハラの広がりと社会的な問題意識の向上を受け、一般企業である富士通と東洋大学がAIを使ったハラスメントトレーニングのための取り組みを始めました。

この記事では、カスハラの問題と共に企業と大学がAIを使った対策を行っている事例をご紹介します。

目次

カスタマーハラスメントの現状

・カスタマーハラスメントの始まり
2010年代前半から従来の「クレーム」の枠を超えた悪質な要求に対し、産業カウンセラーや労働組合などの間で「カスタマーハラスメント」という言葉が使われ始めました。それまでは「モンスタークレーマー」といった呼び方が主流でしたが、より「労働者の権利を侵害する嫌がらせ」という側面を強調する言葉として注目されました。

また、日本では社会問題として多くのメディアで取り上げられるようになったのも一般に広まったきっかけでもあります。

・社会問題としての認知
メディアで取り上げられることが増え、一般に知られるようになったこの時期に生まれたのが「カスハラ」という略語です。2019年頃に労働組合(UAゼンセンなど)が大規模な実態調査を行い、数万人のサービス業従事者が被害に遭っている現実が明るみに出ました。これにより「お客様は神様ではない」という意識が急速に広まりました。

・国による定義と対策の開始
「カスハラ」という言葉が広まりを見せる中、2020年ごろから国が社会問題と認識し始め、本格的に動き出します。2020年にできた「パワハラ防止法」の施行に伴う指針の中で、顧客からの著しい迷惑行為についても対策を講じることが「望ましい」と明記されました。

また、その2年後の2022年、厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を作成。これにより、企業が守るべき基準が明確になりました。

・「マナー」の問題から「法律」の問題へ
それでも加速するカスハラ問題に対して、2024年、東京都が日本初の「カスハラ防止条例」を制定する方針を固め、大きなニュースになりました。

そして、2026年、企業に対するカスハラ対策の義務化が予定されており、2026年2月には厚生労働省から具体的な指針が公表される見込みで、企業側もまさに今、対策の真っ最中という状況です。

「サービス業の悩み」というレベルの問題から、今や「働く人を守るための法的義務」へと、この数年で急速に重要度が増している問題です。

カスタマーハラスメントの実例とスタッフの受ける苦悩

・飲食・サービス業におけるカスハラ実例

・カフェのアルバイト女性に「笑顔が雑」「お辞儀が浅い」などといちいち指摘、これをSNSに投稿
・地方都市の書店では、高齢男性が「レジはあの女の子じゃなきゃダメ」と毎回主張。他のスタッフしかいないときには、ほかのスタッフを罵倒
・コンビニ勤務の男性スタッフに対して「態度がムカついた」「そういう顔してるやつは接客やめろ」と罵倒
・某家電量販店では、接客後、名刺を渡したスタッフに対し、後日LINEで「態度が悪かった。謝罪して」と私的連絡。企業が公式にブロックしても、別アカウントで再接続を試みられた。

※参照:「もうクレームとは呼べない その実態とは衝撃の「カスハラ実例TOP5」を公開

・小売・対面接客

・レジ対応の待ち時間クレームや暴言
・返品ルールの逸脱した要求
「顧客情報を出せ」「謝れ」のような理不尽な圧力

※参照:【2026年版】業種別カスタマーハラスメント対応事例集と実践対策|現場スタッフを守るために企業が整えるべきこと

・コールセンター

・「暴言・怒声」を受けたオペレーターは83%
・無理難題の繰り返しや、長時間拘束が発生
・クレームの過剰な繰り返し

※参照:「カスタマーハラスメントの現状と対策に関する調査レポート」

・カスハラによるメンタルヘルスへの影響

・2020年、客から著しい迷惑行為を受けた「カスタマーハラスメント(カスハラ)」などで精神疾患を発症した、男性スタッフが自殺に至ったとのことで労働基準監督署より労災認定された。(参照:読売新聞)
・コンタクトセンターに従事する業務で受けたカスタマーハラスメントにより、「ストレスを感じた」ことがある従業員は9割(90%)もいることが判明(参照:株式会社TMJ)

カスタマーハラスメントの発生において、企業が受ける一番の被害はスタッフのメンタルヘルスへの影響です。予測できないカスタマーハラスメントからスタッフを守るためには一体どのような対策を取ればよいのでしょうか。

カスタマーハラスメント応対スキルを磨く

2024年、富士通と東洋大学が犯罪心理学と生成AIの融合によるカスタマーハラスメント体験AIツールを開発したことで話題になりました。カスタマーハラスメントの被害を避けることは難しく、生産性の低下や心理的負担を軽減するための施策が様々な業種において求められていることから、ツールの開発に至ったと東洋大学 社会学部 桐生正幸教授は語っています。

カスタマーハラスメント体験AIツールはカスタマーハラスメント疑似体験機能ナラティブフィードバック機能の2つの機能で構成されています。

引用:富士通

カスタマーハラスメント疑似体験機能
特殊詐欺訓練AIツールのAIトレーナー技術を応用し開発されたもので、犯罪心理学の知見を活用してカスタマーハラスメントの共通する会話のパターンを学習しています。様々な業種でAIトレーナーと臨場感のある会話を行うことで、カスタマーハラスメントへの応対の疑似体験することが可能になっています。

ナラティブフィードバック機能
従業員一人ひとりの特性に合わせて、適切な応対スキルを促す文章(ナラティブ)と語りかけるアバター映像をAIが自動生成する仕組みです。独自開発のナラティブフィードバックAIが、心理学的知見に基づいてプロンプトを個別最適化することで、個人に合った内容・語り口のフィードバックを生成や納得感を高め、行動変容につなげることを可能にしています。この機能は特性理解技術・行動選択技術・ナラティブ・アバター生成技術から成り立っています。

引用:富士通

富士通は今後のツール利用について以下のように語っています。
東洋大学とともに、今後コールセンター職員などを対象に、本体験AIツールの効果を検証していきます。また開発したナラティブフィードバックAIは、営業や人事のコミュニケーションスキル向上に対する働きかけなど、カスタマーハラスメント応対以外にも行動変容を必要とする様々な領域に展開できるもので、今後こうした企業の人材育成の領域においても本技術の有効性を幅広く検証していきます。(参照:富士通)

まとめ

富士通と東洋大学が共同で開発を進めるこれらの取り組みは、犯罪心理学や心理学的知見を取り入れ、カスタマーハラスメントの典型的な言動をAIが再現することで、従業員が現実に近い形で疑似体験できる点が特徴です。

さらに、体験後にはナラティブフィードバックAIが個人の特性に合わせた文章やアバター映像を自動生成し、納得感のある振り返りと行動改善を促します。単なる知識習得にとどまらず、心理的負担の軽減や適切な応対スキルの定着までを視野に入れたこのトレーニングは、今後のカスハラ対策や人材育成の新たなモデルとして注目されています。

また、AIがサービス業で働く人たちのメンタルヘルスのサポート役となり広がっていくことが期待されます。

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