日本生命保険相互会社の生成AI活用事例|内務職員業務工数を3割削減

日本生命保険相互会社は、業務効率化とサービス品質向上を目指し、生成AIの活用に先進的に取り組んでいます。

特に、保険業界特有の複雑で専門的な業務プロセスにおいて、AIの精度と実用性を高めるための具体的な施策を推進しているのが大きな特徴です。

目次

日本生命保険相互会社における生成AI活用の全体像と特徴

日本生命保険相互会社(以下「日本生命」)の生成AI活用は、単なるトレンドの追従ではなく、約5万人の内務職員および営業職員の業務効率を最大3割削減するという明確な目標のもとで進められています。

その取り組みは、特定の業務への試験導入から始まり、全社的な浸透とAIモデルの高度化へと段階的に移行しているのが特徴です。

全職員向けAIチャットツール「N-Chat」の導入

日本生命は、内務職員の業務効率化を目的として、全職員が利用できるAIチャットツール「N-Chat」の運用を2024年から開始しました。

  1. 目的

社内文書のドラフト作成、稟議書の作成、情報収集など、多岐にわたる事務作業の効率化。

  1. 浸透への取り組み

導入当初は利用が限定的だったため、職層別・階層別研修などの機会を活用して積極的にPRを行い、職員全体への浸透を図っています。

その結果、2025年4月時点ではアクセス数が大きく増加し、職員の関心が高まっていることが確認されています。

  1. 初期の効果

利用した職員からは、業務の効率化や業務の幅が広がったという実感の声が上がっており、徐々に社内全体の業務内容や働き方に変化を与え始めています。

保険事務支援AIの高度化と高精度化への挑戦

日本生命の生成AI活用において、特に注目すべきは、保険契約の管理事務という極めて正確性が求められる分野でのAI導入と、その精度向上への取り組みです。

契約管理事務支援ツールの開発

2025年1月から2月にかけて、保険契約の管理事務に関する質問に回答するAIツールのモデルを作成するための集中的な取り組み(ハッカソン)を実施しました。

  1. 初期の課題

以前から米オープンAIの「ChatGPT」を業務に活用していたものの、回答精度が7割以下であり、誤答(ハルシネーション)が発生することが実用化の大きな課題となっていました。

  1. AIモデルの変更と精度向上

この課題を解決するため、今回のモデル作成ではChatGPTではなく、米新興企業Anthropic(アンソロピック)の対話型AI「Claude(クロード)」を採用しました。

Claude(クロード)では、AIの動作を明確に定義された一連のルールや倫理原則に基づいて制御する、憲法AI(Constitutional AI)と呼ばれる独自開発の手法が用いられています。そのため、ChatGPTなどの競合モデルと比較して、不適切な応答や有害な誤答(ハルシネーション)の発生率が低いAIともいわれています。

日本生命では、この変更により契約約款や事務マニュアルの一部を対象とした試験において、回答精度約9割を達成しました。

  1. 質問への具体的対応

このツールでは、検索枠に質問を入力すると、回答の要約と、その根拠となる引用元の正確な文章が表示されます。

例えば、「糖尿病は女性医療特約の対象か」といった専門的な質問に対し、「その他の内分泌腺の疾患として保障対象」であることや給付金の受取条件まで提示することが可能です。

  1. 今後の目標

今後は、この回答精度を97%への上昇を目指し、全社での活用範囲拡大、複雑な規定への対応、さらには企画部門やコンプライアンス対応といった高度な業務での活用を進める予定です。

グローバルな知見の活用

高精度なAIモデルの作成にあたり、日本生命は海外子会社や先進的な企業と連携しています。

  1. 海外子会社との連携

同様のツールを既に作成・活用している海外子会社「Resolution Life(レゾリューションライフ)」からの外部協力を得ています。

  1. ハッカソン形式での集中開発

米Anthropicや米Amazonグループなどの社員を含む海外技術者約30人が来日し、日本の技術者と共同でハッカソン形式の集中開発を実施しました。

これにより、海外の先進技術を日本語化し、日本生命の複雑な事務マニュアルのデータ読み込みなどの技術的な課題解決を加速させました。

その他の領域でのAI・デジタル技術活用

生成AI以外にも、日本生命は以前からAIやデジタル技術を駆使して業務効率化と営業力強化を進めています。

営業活動支援の高度化

約5万人の営業職員が活用する携帯端末「REVO」に搭載されたシステムは、営業活動をAIで支援しています。

  1. ビッグデータ分析

約1,000万人を超える契約者情報を統計分析し、約500に細分化されたセグメントごとの加入傾向やニーズを抽出。

  1. 自動アドバイス生成

顧客の検討段階に合わせた約2,000種類ものメッセージを自動で表示し、営業経験の浅い職員でも適切な提案活動が行えるようサポートしています。

これにより、営業レベルの標準化と底上げを図っています。

事務作業の省力化

生成AIの導入以前から、AI技術を活用した業務効率化を進めています。

  • AI-OCRの活用

契約申込書の処理にAI-OCR(光学的文字認識)を活用することで、新たな契約処理コストを最大5割削減するなどの成果を上げています。

これにより、正確な処理と時間短縮を実現しています。

活用によるメリットと今後の展望

日本生命の生成AI活用は、業務効率化という領域を超え、競争優位性の構築を目指しています。

  1. 業務効率の向上

AIによるドラフト作成や情報検索の自動化により、職員が顧客との対話やサービス提供の質向上といった人間にしかできない業務に時間を割けるようになります。

  1. コンサルティング力の強化

AIが生成する新たな仮説や、ビッグデータに基づくアドバイスは、経験やスキルに依存しないコンサルティング力の強化に貢献します。

  1. リスクと課題への対応

生成AIの精度問題(ハルシネーション)に対し、AIモデルの変更や海外技術との連携により、97%という高精度を目指す具体的な行動をとっている点は、保険業界におけるリスク管理の重要性を反映しています。

まとめ

日本生命の取り組みは、AIによる作業の自動化を通じて、職員が「顧客対応やサービス向上」といった人間にしかできない業務に集中できる環境を作ることが目的です。

「内勤職の業務負担を最大3割削減する」という具体的な目標を掲げ、AIモデルの継続的な改善と職員への啓蒙を両輪で進めることで、保険業界における競争優位性を確立しようとしています。

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